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妻が私の膝枕で昼寝している。

いつもありがとうね。








「空の境界 第三章 『痛覚残留』」より


“痛み”を感じない『浅上藤乃』という登場人物。

浅上藤乃は、視界内の任意の場所に回転軸を作り、歪め、捻じり切る“異能のチカラ”『歪曲の魔眼』
もって産まれました。


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浅上の両親は、異能を封じ込めるべく、
“感覚をなくす”よう主治医に投薬を依頼。
そのことが原因で、後天的な無痛症になり、

「痛みがわからない」=「生きている実感が無い」
状態で生きてきた浅上藤乃。


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彼女にとって、
“痛い” が “居たい” に繋がっている。



両親から、普通は、与えられる実感、安心感。

“生きていていいという実感”を
教えてもらえなかったこと。


「実感」がないから、「共感」できない。

「感覚」がわからない。



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なんとなく親近感を感じてきました。






話が逸れてしまいました。

本題に入ります。

紹介いただいた本。
素晴らしい出会いがありました。
出張の飛行機の中で、夢中で読みました。

この本です。↓

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内容紹介

子は親が好きだからこそ「心の病」になり、親を救おうとしている。精神科医である著者が説く、親子という「生きづらさ」の原点とその解決。

内容(「BOOK」データベースより)

著者は「引きこもり」や「拒食症」で悩む多くの子どもたちに向き合い、心の声に耳を傾けてきた。どの子も親が大好きで、「自分が役に立っているだろうか」「必要とされているだろうか」と考えている。しかし思春期になり、親から逃れようとする心と、従おうとする心の葛藤に悩み「心の病」になってしまう。真の解決は、親が子を救い出すのではなく、子に親が救われるのだと分かった時に訪れる。

著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)

高橋 和巳 
精神科医。医学博士。1953年生まれ。
福島医科大学卒業後、東京医科歯科大学の神経精神科に入局。都立松沢病院精神科医長を退職後は都内でクリニックを開業し、診療を続けている。またカウンセラーの教育にも熱心で、スーパーヴィジョンを行っている(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)



この本の。


第4章「親とのつながりを持てなかった子の不思議な訴え」

これを読んで、眼を無理やり開かされたように、強い光を感じて衝撃を受けました。

“親とのつながりを持てないと世界は希薄化する”

それだ。それでした。
ていうか私と同じ感覚の人が他にもいたんだ、
と目から鱗でした。

親との心の繋がりを諦めた子供時代を過ごすと、
普通の心理的なシステムが構築されず、
心の成長に致命的な傷を残すそうです。


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私の家は、まるでこの絵のよう。

「倖せ」であろう形は
情報から論理的に理解できても、
そこには自分が登場していない。
自分どころか、想像した絵の中には
 “誰もいない” 。そんな感覚。

人と一緒にいて
良かったとか、嬉しいとか、悲しいとか、
そんな人との関わりの体験と共鳴が
人間関係のなかで全然確認できないままに、
ぼんやりとしてしまい、やがて消えていく。


親に感覚を封じられ、
“痛覚”を失った浅上藤乃のように。





人々が普通に共通して求めているものが
実感が持てず共感できない。
その証拠に、私は
他人が興味を持つものの良さがよく分からない。

人との繋がりを確信できないまま、
カラダだけが大人になってしまった。

心は、ふわふわした、とらえどころのないまま、
不安が不安なのかすらわからない霧の中。
そんな存在感の中で生きるという事は、
ものすごく緊張する。独りぼっちだ。

この孤立感が、私の“虚無感”の正体。

(だから、私は昔から『死んじゃいけないみたいだから、一つも楽しくないけど生きているしかない』という思考回路になったのだと分かった。)



特に勉強させていただいてるbloggerさんから
ご紹介頂いた p205〜206 !
「私の心の中を覗いて書いたんじゃないか?」と
疑いたくなるくらい、
「まさにこれ!こんな感覚、なんで知ってるの?」
みたいな驚きに機内で「うぉぉ」とか独り言言ってしまいましたよ。笑




学校に通っている時から、
挨拶がかったるくて仕方なかったです。
毎回、「おはよう」「じゃあね」を
顔見知り全員に言わなくちゃいけないのは、
親しみの交換のためだと頭では理解できても、
まさに、気が重い『仕事』そのもの。

あって嬉しいとか、安心するとか、なかった。
ただただ「ミスしないように」と気をつけてきた。

とりあえず、それらしい『普通』を見聞きし学び、
『コピー』するしかない、と思って生きてきました。

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ミスしないように、常に緊張して。
違和感を感じながら、生きてきました。

みんなのこと、分かりたかった。
私も「普通」になって、みんなの輪に入りたかった。

だから、
酒を飲めば、酒に酔えば、
みんなと心を通わせられる、
この孤立感から抜け出せる、
そんな気がしてのめり込んだんだ!

やっとハッキリ、分かったぞ!わーい!


そしてこれは、
もうこう育ってしまったら、
どうしようもない事だそうです。
だから、仕方ない。

自分の感覚で、唯在ればいい。
生きていていい。

それが答え。

だから、唯識に興味を持ったのか。
仏教に答えを求めたのか。
生き方を模索しようと必死でもがいたのは、

「普通」でなくていい。
「生きていていい」と実感したかったから。
その自信が、ずっとなかったからだ!

もう分かったから大丈夫だ。
自分が受け容れてもらえないのは
自分のせいじゃない、ってこと。
だって、自分は「普通」とは違うんだから。
それは、悪いことじゃなかったんだから。

もう全部許そう。
焦ったり、努力したり、頑張ったりするの、
もう全部やめよう。

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