全は一、一は全

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鋼の錬金術師 の師の教え。
今日、断酒仲間やアルコール依存症のご家族のブログを拝見していて、ふと思い出しました。



『幸せ』とは何か。

俺はやっぱり、幸せのひとつの形として、
『感謝による世界との繋がり』
を最も重要な形として認識しているようです。

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物欲や性欲や食欲などの欲は、あまり無いし、
追求したとしても、果てがない。
飲酒欲求も同じこと。
依存も同じこと。
一人遊びでしかない。
表層的な五感でしかない。
囚われ、捉われ、でしかない。

果てはなく、追求し続けた最後には、
滅亡と孤独しかない。
栄枯盛衰。諸行無常。
ならば、追い求めたそれらは、紛い物。

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なぜ、わからなくなった?
前はもっと、
幸せに、命に、近かったはず。

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畏れや怒りに、眼をくらまされるな。
みなそれぞれが、在るように在るだけ。
怨みや憎しみで、身を固くさせるな。
寂しさや哀しさで、俯向くな。


己であり、世界であり、
「あるがまま」の理をみよう。

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それは、
『識りたい』という静かなワクワク。
『愛したい』という暖かい慈愛の心。



だからか!
だから、わからなかったのか!

今まで見たこともない美しい景色を視る。
今まで感じたことのない五感を体験する。
今まで理解できなかった気持ちを想像し、繋がる。
出会った人の想いや世界に触れ、
考え方が化学変化を起こす。

驚き、高揚し、眼を見張る事柄。

『世界』の境界線が、
『己』の境界線が、
さらにひとまわり、
広く上書きされたときの、
なんとも言えない充実感。

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これか!これが探していた『幸せ』の意味か。



愛してほしい、ではなく、愛したい。

自分ばかり欲しがるばかりでは「己」を遠ざけ、
結果的に、欲した「世界」を遠ざける。

思い通りになるはずもない、
世界に、己に、唾を吐き、イライラ。

我欲の殻のなかには、いくら探しても、何も無い。
『幸せ』は見つからないのだ。感じられないのだ。

なぜなら、我 だけでは片手落ちだから。

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2つで ひとつ。

世界は自分を映す鏡であり、
自分もまた世界を映す鏡。

だから、全は一、一は全。

識ることにより、歪みがなくなり、
歪みがなくなれば、
恐怖や嫉妬や…黒い泥が、邪念が、
消えてなくなり、純粋な全が、一が顕になる。

「あるがまま」がどんどん楽しくなっていく。

生きているだけで、楽しくなってくる。

繋がり、離れ、繰り返し。
寄せては返す波のよう。

俺は波の1つでもあり、海でもある。

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そんな風にハッとしました。