断酒60日目 生の欲望は善でも悪でもない


得意先のN先生から勧められて、「やさしい唯識」という本を読んでいます。


この本、凄く面白いです。
N先生は医術もさることながら、50を越えてゴルフやマラソンや書道や坐禅をはじめ、どれも突き詰めることが出来ている、最も尊敬する先生の1人なので、その人が見ている世界が知りたくて、読んでみることにしてよかったです。




「唯識」とは、「この世には唯だ識、すなわち心しか存在せず、自分と認識しているこの身体や世界すら、唯だ識である」と考えるインド発祥の思想のことです。


この思想における唯だ在る識には、種類があり、特に深層に在る2つの識について、最も根本的な識を阿頼耶識、深層に働く自我執着心を末那識、と分類しています。


末那識=成長を願い、より良い生を願い、生きていくエネルギーの源となる識ですが、『自分』という存在に執着しエゴに汚れ、やがて所有欲や自己顕示欲など、心を悩ませる種を阿頼耶識に宿してしまう心です。

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しかし、末那識=生きたいという願望は、汚れてはいるけれども、『善でも悪でもない』と唯識では考えます。


私はここにこそ深い感銘を受けました。


『世の中や自分を認識するこの心、
私の心という存在は、
生きることに悩み汚れを常に生み出していても、
善でも悪でも無く、唯だ在って良い』と
初めて主体的に俺自身とも言える心の存在を
『唯だ在るがままでよい』と考える証明を得た!
と気づけたから。


アルコール依存症だろうと、性格が変わっていようと、周囲から受け入れられなかろうと、容姿や収入が100点満点でなかろうと、

そんなこんなは一切合切、心がただ生み出しているだけの表層的な言葉や価値観であって、
俺自身の心の善悪をジャッジするには
到底取るに足らない、
『善でも悪でも無い』心から生まれた、
単なる思い込みや一面からみた事象に過ぎない、
ということでした。


俺は、俺を肯定する根拠に至れたことが、
今、最高に嬉しい!