まぁいっか、どうでも。

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はっはっは。
もうね、しかたないよ。

だって俺、
性格捻じ曲がってて
煙たいんだもん。
他人とか全然、
信用できないんだもん。
一緒にいたら疲れるんだもん。

俺は俺なんだから、
もう、しょうがない。

もう、いいじゃん。
どう思われても。

もう、いいじゃん。
好かれなくても。

もう、いいじゃん。
理想と違う自分でも。


怒りが込み上げるのは、抑圧してるから。
「俺はこんなに我慢してちゃんとしてるのに」と。

『他人が許されているのが我慢ならないから』。

なぜ我慢するのか?
『そうしないと、受け入れてもらえなくて困るから』

なぜ受け入れてもらえないと困るのか?
『そうしないと、社会の中で孤独になるから』

なぜ孤独になると嫌なのか?
『孤独なのは、寂しいし、生きていけないから』



本当にそうだろうか?


寂しいのは、
自分が「あるがまま」では不安だから、
「大丈夫だよ」と言ってほしいだけ。
言ってもらったからといって、
何にも大丈夫なわけじゃない。
そんな「保証」は誰にもできない。
「生きていていいんだよ」と
誰かに言ってもらったとしても、
生きていていい「証明」にはならない。
そんな証明はする必要すらない。


生きていけないと思う根拠は、
過去に虐められ迫害されて辛かった記憶だけ。
「またあんな辛い思いしたら、
死にたくなるから、絶対ヤダ」と怯えているだけ。
しかしながら、30歳を過ぎ、
成人で構成された社会では、
表立って命を脅かすような精神的肉体的攻撃を
他人に与えるメリットは、
俺が持っていないように、
他人も持っていない。
だから、ちょっと辛いかもしれないけど、
当時よりは辛くないし、
生きていけないわけじゃない。
少なくとも死には直結しない。

よって、我慢して、世の中に合わせる必要は既に無い。

よって、俺の怒りには意味が無い。

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したがって、俺は