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断酒41日目 モリー先生との火曜日


「モリー先生との火曜日」という映画がある。

「モリー先生との火曜日」は、難病ALS(筋萎縮性側索硬化症)に侵されたモリー・シュワルツ教授が、死を前にしてかつての教え子であるミッチに贈った「最後の授業」を記録した、ノンフィクション小説を映像化したものだ。
下半身から蝋燭が溶けるように、自分の体が硬化して動かなくなっていく。死の恐怖と毎日向き合うモリー先生は実に人間的で、だからこそ先生の言葉には綺麗事にはない真実味が宿っている。家族が目覚める前、早朝には「なぜ私がこんな目に」と1人怒りに震え、嘆く。けれど、毎日愛を与え、愛に感謝し、心から1日1日を楽しんで『生きている』。

そんな先生は、まさに今、この時『生きている』を真剣に行なっているといえるだろう。学ぶべき人生に対する向き合い方が、そこにある。



『いかに死ぬべきかを学べば、いかに生きるかも学べる。』



この言葉が、一番心に響いた言葉だ。

俺はいかに死ぬべきか?どう死にたいのか?
俺は、子孫に迷惑をかけずに、私たち夫婦の社会貢献により稼いだ資金で施設に入り、誰の重りにもならずに、静かに寿命を全うして、死にたい。

長男の嫁、両親を敬う、家を継ぐ、親の面倒を子供が看る。全部、子供に対してどれほど重く不幸せなことか、子供の立ち位置にいるときは皆分かっているのに、親の立場になるとその思いは恐怖に負け、子孫を頼る。

歴史は繰り返す、ということを、私は父方の実家と私の父母を見て学んだ。
父方の実家に帰省するのは、我々当時の一家にとって拷問のようだった。いくらお年玉をもらおうが、子供にだってわかるのだ。祖父母と父母との間に横たわるジェリコの壁の如き関係の隔たりと緊張感は。父母は、私たち夫婦に対して、あれだけ嫌悪していた重圧を伴う不幸せな関係性を再現しそうになっている。

私は、そうは、絶対に、絶対に、なりたくない。

そうなるくらいなら、孤独死したほうがマシだ。
だから、私はどう生きるべきかと問われれば、
「自らの力で生計を立て、自らの幸せは、自らの力で実現する、真に自立した生き方」を全うしたい。と答える。



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