ヨハネ12:36
光のあるうちに光を信じなさい。


家の洗面所の電球が蛍光灯に変えられていました。夫は多分蛍光灯に変えたほうが、明るいと気をきかせてくれたのはありがたいのですが、自分の顔のシミとか、汚い部分もはっきり見えるので鏡を見るとショックです。悪いけど、白熱球に変えてもらおうと思いますが、私の気持ちを分かってくれるかしらと思っています。


光は、あらゆるものをあるがままに照らします。自分の弱さ、嫌な部分、認めたくない部分などが、だれでもあります。それが自分を価値のないものと思い込む原因になりえるのです。自分は~だから駄目だと思い込み、みんなから愛されていない、自己卑下に陥ります。そんな自分の醜さを認めると自分がなくなるような気がするからです。それが怖いのです。それゆえに、愛されるために無理をします。いい子になろうとしてなれない。こんな自分がいます。


でも、そんな自分に出会えるのは、自分が光に照らされているからだと思うようになりました。その光は、自分の弱さを照らし、それを祝福に帰る力があります。光に照らされていることは、ありのままの自分を受けれてくれる愛です。今、どんな状態であっても生かされています。何も自分を決め付けない。誰も決め付けない。苦しいなら苦しいと正直に認めると、光に照らされている自分に気付きます。


その光はイエスさまの十字架となって私たちの救いとなりました。光を信じることは、十字架の恵みをそのまま、認めることです。それを認めたときに、限りない恵みを感じるでしょう。喜びの上に喜びを見出だすでしょう。


十字架は、神の愛の源です。感謝。