シラ書(旧約聖書続編)43:32
以上のことよりまだ多くの偉大な秘儀がある。我々は、御業のほんの一部を見たにすぎない。
旧約聖書には続編(アポクリファ)というものがあるのですが、今日はそこから。 今日は、授業の最初で、生徒に自分の長所と短所を1分間で紙に書いてもらいました。その結果、短所の方が長所よりも多く思いついたという人が多くいました。どこに行っても、だいたい同じ結果になるのですが、どうやら自分の欠点探しの方が人は上手なのかもしれません。人間は不完全なので当然欠点があるのですが、同時にそれは長所にもなっていることに多くは気づいていないようです。自分にはこうだと決めつけて、自分に制限をかけてしまっていて、本当に自分自身が与えられている宝物に多くは気づいていないのです。
私は歌が好きで、歌を月2回習っています。歌の先生に「ドラマティック・ソプラノ」、つまり、紫色の声をしていますねと言われました。私は今までソプラノのピンクの声で高い領域だけがでるキーンとした声だと思っていましたが、実は私は結構低い声も出ることが分かりました。別名、七色の声といわれるらしく、いろんな領域の音階を自由自在に操れる声だそうです。意外に自分の思いもしないところに自分の賜物があるのだと思いました。
神様はもっとすごくて、いろんなところに働いておられます。小さなところから大きなところまでいっぱい働いておられます。人間の中には計り知れない、分からない働きがあります。それを発見するとき、人は神様、すごいとしかいいようがありません。自分にも分からない部分が隠されているように、神様はそれ以上に分からない部分が多くあります。でも、なんと言っても、神様は、人間にすごい秘儀をくださいました。しかも見える形で。神様が人となられて来られたこと、私たちのために十字架に掛かって復活なさったこと。イエスさまそのものの存在こそが神様の奇跡。
神様は無限なのに、有限の中の無限という不思議な奇跡によって私たちに愛を示してくださいました。御業のほんの一部かもしれないけど、そこから神様の無限で永遠の世界に通じているなんて素晴らしいです!本当に神様の隠れた宝物だと思います。