マタイ20:13-16 友よ、あなたに不当な扱いはしていない。あなたはわたしと一デナリオンの約束をしたではないか。自分の分を受け取って帰りなさい。私はこの最後の者にも、あなたと同じように支払ってやりたいのだ。自分のものを自分のしたいようにしてはいけないのか。それとも、私の気前よさを妬むのか。 このように、後にいる者が先になり、先にいる者が後になる。
競争社会に生きている私たちは、一番になることがいいと思わされている。また、能力成果主義の中に生きる私たちは仕事をできるだけたくさん効率的にすることを求められる。どちらもその中にある思いは自分の利益である。子供のころ、私の家は、お手伝いをしてもご褒美はなかった。母は、家族なのだからみんなが手伝いするのはあたりまえだという理由からだ。だから、同じ仕事を頼まれてもおやつは妹と私は同じであった。それはご褒美というより、母がみんなにおやつを準備しただけのことだった。人は、何かたくさんすれば、それに応じた報いが得られると思いがちである。そこの裏には自分だけがよければいいという自分勝手さが潜む。しかし、神さまの働きはこの世の考えとは違う。それは時間や量の問題ではない。たとえ短くても少しでも神さまの働きには違いない。どんな人にも神さまは恵みをくださる。そして、一人一人の働きがみんなのためになって結果的に自分も豊かになる。それが神の国である。
競争社会に生きている私たちは、一番になることがいいと思わされている。また、能力成果主義の中に生きる私たちは仕事をできるだけたくさん効率的にすることを求められる。どちらもその中にある思いは自分の利益である。子供のころ、私の家は、お手伝いをしてもご褒美はなかった。母は、家族なのだからみんなが手伝いするのはあたりまえだという理由からだ。だから、同じ仕事を頼まれてもおやつは妹と私は同じであった。それはご褒美というより、母がみんなにおやつを準備しただけのことだった。人は、何かたくさんすれば、それに応じた報いが得られると思いがちである。そこの裏には自分だけがよければいいという自分勝手さが潜む。しかし、神さまの働きはこの世の考えとは違う。それは時間や量の問題ではない。たとえ短くても少しでも神さまの働きには違いない。どんな人にも神さまは恵みをくださる。そして、一人一人の働きがみんなのためになって結果的に自分も豊かになる。それが神の国である。