マタイ16:13-20 「あなたはメシヤ。生ける神の子です。」
私は何ものなのだろう。学校に行けば先生、夫といると妻、母といれば子、もし、自分のこどもといれば、母ということになろう。「私は誰なのか」という問いを人間は一生涯問い続ける。それをアイデンティティという。アイデンティティは、一見、自分だけで決めるもののように思うが、一緒にいる相手が自分をどう捉えているかで決まる。誰もに名前があるが、もし、自分の名前を知らなかったら相手に呼ばれても返答できない。また、相手が自分の名前を知らないと呼べない。自分と相手との関係でアイデンティティは決まる。
今日の箇所はイエスが弟子たちに自分は何者かを尋ねたところ、ペトロが答えた答えである。そして、イエスはそう答えたペトロにそう言わせたのは神であり、ペトロを幸いなものとし、自分の岩の上に教会を立て、天国の鍵を恵みとして与えた。
わたしたちの信仰もペトロの言葉につきると思う。イエスが何ものなのか、わたしたちが知ることがなければ、教会はならない。教会は神の国をここに来たらせる役目があり、その鍵である。
神の国の鍵をいただいたなら、開けて入ってみよう。無限に尽きることのない喜びでいっぱいになるから。
私は何ものなのだろう。学校に行けば先生、夫といると妻、母といれば子、もし、自分のこどもといれば、母ということになろう。「私は誰なのか」という問いを人間は一生涯問い続ける。それをアイデンティティという。アイデンティティは、一見、自分だけで決めるもののように思うが、一緒にいる相手が自分をどう捉えているかで決まる。誰もに名前があるが、もし、自分の名前を知らなかったら相手に呼ばれても返答できない。また、相手が自分の名前を知らないと呼べない。自分と相手との関係でアイデンティティは決まる。
今日の箇所はイエスが弟子たちに自分は何者かを尋ねたところ、ペトロが答えた答えである。そして、イエスはそう答えたペトロにそう言わせたのは神であり、ペトロを幸いなものとし、自分の岩の上に教会を立て、天国の鍵を恵みとして与えた。
わたしたちの信仰もペトロの言葉につきると思う。イエスが何ものなのか、わたしたちが知ることがなければ、教会はならない。教会は神の国をここに来たらせる役目があり、その鍵である。
神の国の鍵をいただいたなら、開けて入ってみよう。無限に尽きることのない喜びでいっぱいになるから。