使徒言行録9:26-31
今日は聖バルナバ日なのでこの人の働きについて思い巡らした。信仰の先輩に生き方を学ぶことはとても大事だと思う。神さまがその人を通してなされた働きを知ることができるからだ。
バルナバはキプロス島生まれのヨセフという人のことでパウロと同様に初代教会の宣教を担った。バルナバは、慰めの子といわれていた。彼は、自分の畑を売って神さまに捧げたり、宣教活動に尽力した。
私がバルナバがすごいなあと思う点は、彼が、今まで自分たち迫害してきたパウロが改心してイエスを信じるようになったことを恐れないで信じ、みんなに理解を求めたことだ。上の箇所は、そのことが書かれているところだ。
あれだけ自分たちを迫害してきたパウロを受けいれて、しかも、仲間に入れるようにしようとしたバルナバは本当に仲間やパウロの不安を取り除いて、力づけることに長けていたのだろう。まさに、慰めの子と言える。
なかなかそんな勇気をもてないが、信仰がそうした勇気を与えてくれる。信仰は頑張って保つものではない。神さまの愛を心に留めるだけであふれるくらいにどんな状態でも幸せを自然に保てる。だから、迫害を恐れてパウロの告白を信じないでいるより、信じて友として受けいれるほうを選んだ結果の行動なのだ。仮りに、迫害されて自分の命を落とすことになっても、そうしたネガティブな状態を最終的に究極の喜びの世界に変えられると信じているから恐れなかった。つまり、自分の命よりも大事なものがあると知っていた。
信仰って体が軽くなってふんわりしているみたい。いつも喜びと安心があるから。力を抜いて全身、大きな力に身を委ねていきてみよう。
今日は聖バルナバ日なのでこの人の働きについて思い巡らした。信仰の先輩に生き方を学ぶことはとても大事だと思う。神さまがその人を通してなされた働きを知ることができるからだ。
バルナバはキプロス島生まれのヨセフという人のことでパウロと同様に初代教会の宣教を担った。バルナバは、慰めの子といわれていた。彼は、自分の畑を売って神さまに捧げたり、宣教活動に尽力した。
私がバルナバがすごいなあと思う点は、彼が、今まで自分たち迫害してきたパウロが改心してイエスを信じるようになったことを恐れないで信じ、みんなに理解を求めたことだ。上の箇所は、そのことが書かれているところだ。
あれだけ自分たちを迫害してきたパウロを受けいれて、しかも、仲間に入れるようにしようとしたバルナバは本当に仲間やパウロの不安を取り除いて、力づけることに長けていたのだろう。まさに、慰めの子と言える。
なかなかそんな勇気をもてないが、信仰がそうした勇気を与えてくれる。信仰は頑張って保つものではない。神さまの愛を心に留めるだけであふれるくらいにどんな状態でも幸せを自然に保てる。だから、迫害を恐れてパウロの告白を信じないでいるより、信じて友として受けいれるほうを選んだ結果の行動なのだ。仮りに、迫害されて自分の命を落とすことになっても、そうしたネガティブな状態を最終的に究極の喜びの世界に変えられると信じているから恐れなかった。つまり、自分の命よりも大事なものがあると知っていた。
信仰って体が軽くなってふんわりしているみたい。いつも喜びと安心があるから。力を抜いて全身、大きな力に身を委ねていきてみよう。