マタイ15:29-31 大勢の群衆が足の不自由な人、目の見えない人、体の不自由な人、口の利けない人、その他多くの病人を連れてきて、イエスの足もとに横たえたので、イエスはこれらの人々を癒された。


以前日曜学校をしていたとき、一人のこどもが来たら次々こどもが来て、教会に来る大人の数より多くなった。初め、ほとんど一人でみていた。人はそれをみて大変やね、そこまでしなくてもいいと言われた。私はこどもが来ることを別にあんまり気に留めていなかった。いろいろ問題は起こっても少し助けてあげるだけでこどもたちで解決したり、なんとかなってきたからである。確かに自分の思うとおりにいかないこともあるし、体力的にしんどいこともある。しかし、それでもこどもたちが生き生きしていればそれでいい。私の仕事は、こどもが自分で生きていけるように助けるきっかけをつくることでこどもの人生を支配することではない。こどもがどう生きるかはこどもの自由である。だから、よく生きるきっかけを与えれば、こどもは自由に育つ。だから何人いても大変ではない。

この箇所は、イエスに問題を抱えた人たちが次々と来て、次々と癒されていく場面である。どんな障害を抱えていても、その人たちがよく生きるためのきっかけをもらえば、自分たちで歩める。そして、何かの問題でよく生きられていない人にであったら一緒にイエスさまのところに行こう。そうすれば、問題をとりのぞくだけで人は自分で歩けるようになる。だから、大丈夫。私の周りにいる人は神さまから与えられた人。いろんな人がやってきてもイエスさまがみてくださるから安心していればいいと思う。