創世記11:1~9有名なバベルの塔の話。人間がまだ一つの言葉で通じていたころ、人間が天に届く塔を作ろうとして神から罰を受けてその結果、言葉がバラバラになったという内容。人間の高慢さについて戒める厳しい神さまからの叱責。しかし、この出来事は神さまの愛を知るお恵みだと思う
。もし、私達がみんな同じなら相手のことを考えず、自分のことだけ考えて自分を富ませればよい。しかし、そうすることはいずれ自分を滅ぼすことになる。神さまと人、人と人、つまり、相手があって自分が存在する意味があるからだ。愛とは『ある』ということを知ること。お互い違うからこそお互いの存在を認められる。言葉が違えば、否応なしに違いを知らねば一緒に生きていけない。言葉を学ぶとは相手の存在を知る行為であり、神さまの愛を学ぶよい恵みなのである。それは地道で退屈な訓練の積重ねだと思う。でも、それを通して神さまのように愛に満ちたものに近付けるのだと思う。謙虚に相手から学ぶことこそ最高の祝福ではないかと思う
。もし、私達がみんな同じなら相手のことを考えず、自分のことだけ考えて自分を富ませればよい。しかし、そうすることはいずれ自分を滅ぼすことになる。神さまと人、人と人、つまり、相手があって自分が存在する意味があるからだ。愛とは『ある』ということを知ること。お互い違うからこそお互いの存在を認められる。言葉が違えば、否応なしに違いを知らねば一緒に生きていけない。言葉を学ぶとは相手の存在を知る行為であり、神さまの愛を学ぶよい恵みなのである。それは地道で退屈な訓練の積重ねだと思う。でも、それを通して神さまのように愛に満ちたものに近付けるのだと思う。謙虚に相手から学ぶことこそ最高の祝福ではないかと思う