わたくしが20歳の頃も、この方と同じく自分とは何かとか、生きる意味は?とか毎日悩み、もがいていたけど、
この人の本を読んで多少は気が楽になったかな…20歳で亡くなった方だけど、人生を鋭い視点で見抜く目は多々共感できる部分がありました。
高野悦子さん遺著『二十歳の原点』から、以下は一部を抜粋したもの、、
未熟であること。
人間は完全なる存在ではないのだ。不完全さをいつも背負っている。人間の存在価値は完全であることにあるのではなく、不完全でありその不完全さを克服しようとするところにあるのだ。人間は未熟なのである。ここの人間のもつ不完全さはいろいろあるにしても、人間がその不完全さを克服しようとする時点では、それぞれの人間は同じ価値をもつ。そこには生命の発露があるのだ。
人間は誰でも、独りで生きなければならないと同時に、みんなと生きなければならない。私は「みんなと生きる」ということが良くわからない。
「独りであること」、「未熟であること」、これが私の二十歳の原点である。
この人の本を読んで多少は気が楽になったかな…20歳で亡くなった方だけど、人生を鋭い視点で見抜く目は多々共感できる部分がありました。
高野悦子さん遺著『二十歳の原点』から、以下は一部を抜粋したもの、、
未熟であること。
人間は完全なる存在ではないのだ。不完全さをいつも背負っている。人間の存在価値は完全であることにあるのではなく、不完全でありその不完全さを克服しようとするところにあるのだ。人間は未熟なのである。ここの人間のもつ不完全さはいろいろあるにしても、人間がその不完全さを克服しようとする時点では、それぞれの人間は同じ価値をもつ。そこには生命の発露があるのだ。
人間は誰でも、独りで生きなければならないと同時に、みんなと生きなければならない。私は「みんなと生きる」ということが良くわからない。
「独りであること」、「未熟であること」、これが私の二十歳の原点である。