母がお星さまになりました
母と私の最後のやりとりは
『そばにいてよ』
と人生で初めて言われ
私は仕事があるので
『大丈夫今お父さんがいるから』とにごしたのが最後
その後は痛み止(モルヒネ)
を始めて以降会話は出来ませんでした。でもうっすら意識があった時の母は
先生や看護師さん兄の前では
笑顔があったみたい
むしろ私と父の前では無表情
でした。今までそばにいてくれた人の声や顔は覚えていたと思う
仕事が終わってそのまま病院へ
兄と付き添いの交代で
兄と母の最後のやりとりは
兄が手を握りながら
『明日も俺来るからね!
待っててよ!』
母は息をするのに精一杯でした
母の最期を兄は見届けたかった
と思います
私がシモベ二人に連絡した時には母の呼吸は聞こえませんでした
兄の泣き顔を初めて見ました
父と母のやりとりは
あえて私は二人だけの時間を
作って
部屋には入りませんでした
まだ痛み止をする前の
辛そうな母が父に
『すみません』と伝えていたのが私が聞いた最後の二人の会話
でした。父は手を握っていました
父も兄も無意識に母の手を
握っていました。
亡くなった次の日信州の叔父が
(母の兄が)急いで向かってくれました。私達以上に母の甘えを
常に受け止めてくれた人でした
そして母を偲んで四人で食事を
して昔話で母の天然ぶりや
若き頃の現、石原都知事も
ビビるくらいのちびっこだった
母の爆弾発言エピソードを
聞いたり、寡黙な一面もある
母の素性を語り合いました。そして母の死を今後の私達がその楯をもってどう生きていくか、新たな目標ができました
私は当分母から受け継いだ
涙もろいDNA が活発化すると思うけど、母のおかげで父と兄の共通点がわかり『あ~やっぱり家族だわ』と……………
あっッッ
もぅ日が替わってる 今日母とお別れとお礼をしてきます&いつでもでてこいやぁと
伝えたい
お疲れさまでした(-.-)zzZ