文責 ケンゴ
Brooklyn Tabernacle Choirの曲です。
このクワイアは白人がすごく多いですね。
Make us one, Lord
主よ、私たちを一つにしてください
Make us one,Holy spirit, make us one
聖霊よ、私たちを一つにしてください
Let your love flow
あなたの愛を私たちの内に注いでください
So the world will know we are one in You
私たちが主であるあなたのもとにあって、ひとつだということを、世界に知らしめるように
*注
聖霊というのは、これまで何度か触れましたが、簡単にいうと
主である神が人間に影響を及ぼすときに取る形態というのがわかりやすいかもしれません。
クリスチャンの集まるところには聖霊が宿ると言われます。
創造神ヤハウェ(もしくはエホバとも)、救世主イエス、そして聖霊は別のものであるように見えて、
実は同一にして同格であるという三位一体(さんみいったい)という説が、
聖書にそう書かれているわけではありませんが、それが正当な解釈とされています。
この曲の歌詞で一番大切なのは、
we are one in You
私たちが主であるあなたのもとにあって、ひとつである
のところです。
聖書の教えでは、人間はたかだか神の作った被造物でしかありません。
神の前では、誰であろうとみな一つであり、平等なのです。
この考えは、実は現代の民主主義の考えの根本になっています。
日本も民主主義国家でありますが、はっきりとした階級社会だった武士の時代が終わったあとに
西洋から民主主義が移入されたことを考えるとわかりやすいのではないでしょうか。
みな、それぞれに違いはありますけど、ひとつなのだからこそ、
私たちはお互いの欠点を補い合って助けあって生きていかなければならないのです。
文責 ケンゴ
Kirk Franklinの曲です。
The spring of April is gone
四月の春はもう去ってしまって
The leaves have all turned brown
木の葉はすべて茶色に変わってしまって
The children have all grown up
あの子供たちはみんな大きくなってしまって
And there's no one around
そして、周りには誰もいなくなった。
I'm looking over my life and all the mistakes I made
私はこれまでの自分の人生と犯した過ちを振り返る
And I'm afraid
不安になる
Afraid
不安に…
Somebody told me that You would wash all my sins
イエス様、あなたが私のすべての罪を洗い流してくれて
And cleanse me from the scars that are so deep within
心の奥深くにある傷を清めてくれるんだよ、という人がいたのです
So I'm calling to You
だから、私はあなたに語りかけます
If you can hear me
もし、私の声が届くなら
I don't know how
どんな風なのか、わからないけれど
I was wondering can you hold me now
あなたは、はたしてこんな私を抱きしめてくれるのだろうかと思っていた
You are the only one that's patient when I fall
私がくじけるとき、我慢強くそばにいてくれるのはあなただけ
Your angels come to save me every time I call
あなたの御使いは私が呼べば、いつでも私を救いに来てくれます
You don't laugh at me when I make mistakes and cry
私が間違いを犯して、泣いていても、あなたはそれをあざけって笑ったりなどしない
You're not like man
あなたは人間とは違う、神様です
You understand me
あなたは私のことをわかってくれる
See people change one day
人々がある日、変わるのを見てみなさい
They don't like you the next they do
彼らはあなたをまだ好きではないけど、すぐに好きになるはず
I wish that everyone could love me just like You
あなたのように、みんなが私のことを愛してくれたらいいのに、なんて思う
So here I am this sinful man peace won't allow
ここにいる私は平安が許されない罪深い人間
I was wondering can you hold me now
あなたは、はたしてこんな私を抱きしめてくれるのだろうかと思っていた
I was wondering can you hold me now
あなたは、はたしてこんな私を抱きしめてくれるのだろうかと思っていた
To every broken person that may hear this song
この歌を聞くであろう、すべての辛い思いをしている人たちへ
To every boy or girl that feels their smile is gone
笑顔が消えてしまったと感じる、すべての少年少女たちへ
I know exactly how it feels to lay in the bed at night
私には夜ベッドに寝そべって泣くのがどんな思いなのか、本当によくわかる
And cry
泣くのが…
And cry
泣くのが…
Don't you worry God is faithful and He cares
でも、心配しないで、神様は裏切らない
About the tears you drop and the pain you feel He there
あなたたちが流した涙と痛みのことを気にかけてくれていて、そばにいてくれる
When you are weak that's when he's strong
あなたたちが弱っているときこそ、神様は力強く助けてくれる
Even though you don't know how
たとえ、あなたがたちがどうしていいかわからなくても
God can and he will hold you now
神様はあなたたちをすぐに抱きしめてくれるし、きっとそうしてくれる
God can and he will hold you now
神様はあなたたちをすぐに抱きしめてくれるし、きっとそうしてくれる
God can and he will hold you now
神様はあなたたちをすぐに抱きしめてくれるし、きっとそうしてくれる
Don't you worry he can hold you now
心配しないで、神様はやさしく抱きしめてくれる
*注
イエスは病人などの弱者であったり、売春婦や税金の取り立て人などの、
一般には嫌われて受け入れられない人々ほど愛したのです。
自分の命を生贄として差し出し、磔にされて殺されて、
人類の罪を贖(あがな)ったと聖書にあります。
Kirk Franklinの曲です。
The spring of April is gone
四月の春はもう去ってしまって
The leaves have all turned brown
木の葉はすべて茶色に変わってしまって
The children have all grown up
あの子供たちはみんな大きくなってしまって
And there's no one around
そして、周りには誰もいなくなった。
I'm looking over my life and all the mistakes I made
私はこれまでの自分の人生と犯した過ちを振り返る
And I'm afraid
不安になる
Afraid
不安に…
Somebody told me that You would wash all my sins
イエス様、あなたが私のすべての罪を洗い流してくれて
And cleanse me from the scars that are so deep within
心の奥深くにある傷を清めてくれるんだよ、という人がいたのです
So I'm calling to You
だから、私はあなたに語りかけます
If you can hear me
もし、私の声が届くなら
I don't know how
どんな風なのか、わからないけれど
I was wondering can you hold me now
あなたは、はたしてこんな私を抱きしめてくれるのだろうかと思っていた
You are the only one that's patient when I fall
私がくじけるとき、我慢強くそばにいてくれるのはあなただけ
Your angels come to save me every time I call
あなたの御使いは私が呼べば、いつでも私を救いに来てくれます
You don't laugh at me when I make mistakes and cry
私が間違いを犯して、泣いていても、あなたはそれをあざけって笑ったりなどしない
You're not like man
あなたは人間とは違う、神様です
You understand me
あなたは私のことをわかってくれる
See people change one day
人々がある日、変わるのを見てみなさい
They don't like you the next they do
彼らはあなたをまだ好きではないけど、すぐに好きになるはず
I wish that everyone could love me just like You
あなたのように、みんなが私のことを愛してくれたらいいのに、なんて思う
So here I am this sinful man peace won't allow
ここにいる私は平安が許されない罪深い人間
I was wondering can you hold me now
あなたは、はたしてこんな私を抱きしめてくれるのだろうかと思っていた
I was wondering can you hold me now
あなたは、はたしてこんな私を抱きしめてくれるのだろうかと思っていた
To every broken person that may hear this song
この歌を聞くであろう、すべての辛い思いをしている人たちへ
To every boy or girl that feels their smile is gone
笑顔が消えてしまったと感じる、すべての少年少女たちへ
I know exactly how it feels to lay in the bed at night
私には夜ベッドに寝そべって泣くのがどんな思いなのか、本当によくわかる
And cry
泣くのが…
And cry
泣くのが…
Don't you worry God is faithful and He cares
でも、心配しないで、神様は裏切らない
About the tears you drop and the pain you feel He there
あなたたちが流した涙と痛みのことを気にかけてくれていて、そばにいてくれる
When you are weak that's when he's strong
あなたたちが弱っているときこそ、神様は力強く助けてくれる
Even though you don't know how
たとえ、あなたがたちがどうしていいかわからなくても
God can and he will hold you now
神様はあなたたちをすぐに抱きしめてくれるし、きっとそうしてくれる
God can and he will hold you now
神様はあなたたちをすぐに抱きしめてくれるし、きっとそうしてくれる
God can and he will hold you now
神様はあなたたちをすぐに抱きしめてくれるし、きっとそうしてくれる
Don't you worry he can hold you now
心配しないで、神様はやさしく抱きしめてくれる
*注
イエスは病人などの弱者であったり、売春婦や税金の取り立て人などの、
一般には嫌われて受け入れられない人々ほど愛したのです。
自分の命を生贄として差し出し、磔にされて殺されて、
人類の罪を贖(あがな)ったと聖書にあります。
文責 ケンゴ
Kirk Franklinの曲です。
ちなみに、この曲は彼の最初のアルバムの中の最初の曲であります。
この曲は有名なGospel曲のHis eye is on the sparrowとDown by the riversideから
インスパイアされていると思われます。
Kirk Franklin and the Family
りっちゃんこと、片山りつ子先生
Someone asked the question
こう尋ねた人がいた
Why do we sing?
どうして、私たちは歌うの?
When we lift our hands to Jesus
イエス様に向かって手を掲げるとき
What do we really mean?
私たちは何を思うのか?
Someone may be wondering
どういうときに歌を歌うのかと、
When we sing our song
考えこむ人もいるかもしれない
At times we maybe crying.
たとえ、何も悪いことがなくても
And nothings even wrong
私たちは泣いているときもある
I sing because I'm happy
私が歌うのは、幸せだから
I sing because I'm free
私が歌うのは、何にも縛られず自由だから
His eye is on the sparrow
神様の目はスズメを見ている
That's the reason why I sing
それこそが私が歌う理由
Glory
栄光あれ
Hallelujah
ハレルヤ
You're the reason why I sing
神様、あなたがいるから、私は歌う
Glory
栄光あれ
Hallelujah
ハレルヤ
I give the praises to You
神様、あなたに賛美を捧げます
Glory
栄光あれ
Hallelujah
ハレルヤ
You're the reason why I sing
神様、あなたがいるから、私は歌う
And when the song is over
歌が終わるとき
We've all said Amen
私たちはアーメンというけども
In your heart just keep on singing
心の中では、ずっと歌い続けましょう
And the song will never end
そうすれば、歌は永遠に続くのです
And if somebody asks you
歌を歌うことがただの見世物ではないのかと
Was it just a show
問いかける人がいるとしても
Lift your hands and be a witness
手を掲げて、証をしなさい
And tell the whole world No
そして、そうではない、と世界全体にすら伝えましょう
And when we cross that river
私達が、争いをやめるために
To study war no more
川を渡るとき
We will sing our songs to Jesus
私たちはイエス様に歌を捧げます
The one that we adore
私たちが熱烈に愛する方です
*注
この曲にはGospelを歌うときの重要なメッセージがたくさん詰まっています。
すごく大事に歌いたい曲です。
I sing because I'm happy
私が歌うのは、幸せだから
I sing because I'm free
私が歌うのは、何にも縛られず自由だから
ここが一番、この曲の大事なところだと思います。
どうして歌うのか?の答えです。
幸せであり、自由であるのは、神様のことを信じて受け入れているからです。
His eye is on the sparrow
神様の目はスズメを見ている
ここは、スズメのような小動物にすら、神様の目は行き届いている、
だから、私たち、一人一人にも、神様はちゃんと見守ってくださっている、
という意味が込められています。
Amenはアーメンですけども、北米英語ではエイメンと発音します。
be a witness
これはGospel歌ってるとよく聞くフレーズです。
直訳すると、証人であれ、ですが、
何を証明するかというと、イエスを受け入れて信じることで、
自分がどう救われたか、を証言することであり、証(あかし)をする、と言います。
And when we cross that river
私達が、争いをやめるために
To study war no more
川を渡るとき
有名なGospelの定番曲にDown by the riversideという曲があり、
Down by the riverside,study war no more...
からの引用だと思います。
study war no moreは、直訳すると戦いを学ぶのをやめる、でstudyを使うのは変な感じですが、
聖書のイザヤ2章4節に neither ... learn war any more という表現があり、そのなぞりです。
They shall beat their swords into ploughshares
and their spears into pruning hooks;
nation shall not lift up sword against nation,
neither shall they learn war any more.
彼らは剣を打ち変えて鍬にし、
槍を打ち変えて鎌にするだろう。
民は民に向かって戦いを挑まず、
民はふたたび戦を学ぶことはない
川を渡る、というのは、旧約聖書でモーセがイスラエルの民を率いてエジプトを脱出して、
約束の地に帰るときに、ヨルダン川を渡らなければなりませんでした。
イスラエルの民はシナイ半島で40年もさまよったあげくにカナンの地に着くわけですが、
それだけ苦労したということは、つまり、神様に対する疑いや迷いを捨てなければ、
目的の地にたどりつけないということです。
また、川というのは、水辺ですから、洗礼を受ける(=神を受け入れる)場所というイメージがあります。
洗礼を受けるというのはどういうものかは、僕が受けた洗礼式の動画を貼っておきます(笑)
Kirk Franklinの曲です。
ちなみに、この曲は彼の最初のアルバムの中の最初の曲であります。
この曲は有名なGospel曲のHis eye is on the sparrowとDown by the riversideから
インスパイアされていると思われます。
Kirk Franklin and the Family
りっちゃんこと、片山りつ子先生
Someone asked the question
こう尋ねた人がいた
Why do we sing?
どうして、私たちは歌うの?
When we lift our hands to Jesus
イエス様に向かって手を掲げるとき
What do we really mean?
私たちは何を思うのか?
Someone may be wondering
どういうときに歌を歌うのかと、
When we sing our song
考えこむ人もいるかもしれない
At times we maybe crying.
たとえ、何も悪いことがなくても
And nothings even wrong
私たちは泣いているときもある
I sing because I'm happy
私が歌うのは、幸せだから
I sing because I'm free
私が歌うのは、何にも縛られず自由だから
His eye is on the sparrow
神様の目はスズメを見ている
That's the reason why I sing
それこそが私が歌う理由
Glory
栄光あれ
Hallelujah
ハレルヤ
You're the reason why I sing
神様、あなたがいるから、私は歌う
Glory
栄光あれ
Hallelujah
ハレルヤ
I give the praises to You
神様、あなたに賛美を捧げます
Glory
栄光あれ
Hallelujah
ハレルヤ
You're the reason why I sing
神様、あなたがいるから、私は歌う
And when the song is over
歌が終わるとき
We've all said Amen
私たちはアーメンというけども
In your heart just keep on singing
心の中では、ずっと歌い続けましょう
And the song will never end
そうすれば、歌は永遠に続くのです
And if somebody asks you
歌を歌うことがただの見世物ではないのかと
Was it just a show
問いかける人がいるとしても
Lift your hands and be a witness
手を掲げて、証をしなさい
And tell the whole world No
そして、そうではない、と世界全体にすら伝えましょう
And when we cross that river
私達が、争いをやめるために
To study war no more
川を渡るとき
We will sing our songs to Jesus
私たちはイエス様に歌を捧げます
The one that we adore
私たちが熱烈に愛する方です
*注
この曲にはGospelを歌うときの重要なメッセージがたくさん詰まっています。
すごく大事に歌いたい曲です。
I sing because I'm happy
私が歌うのは、幸せだから
I sing because I'm free
私が歌うのは、何にも縛られず自由だから
ここが一番、この曲の大事なところだと思います。
どうして歌うのか?の答えです。
幸せであり、自由であるのは、神様のことを信じて受け入れているからです。
His eye is on the sparrow
神様の目はスズメを見ている
ここは、スズメのような小動物にすら、神様の目は行き届いている、
だから、私たち、一人一人にも、神様はちゃんと見守ってくださっている、
という意味が込められています。
Amenはアーメンですけども、北米英語ではエイメンと発音します。
be a witness
これはGospel歌ってるとよく聞くフレーズです。
直訳すると、証人であれ、ですが、
何を証明するかというと、イエスを受け入れて信じることで、
自分がどう救われたか、を証言することであり、証(あかし)をする、と言います。
And when we cross that river
私達が、争いをやめるために
To study war no more
川を渡るとき
有名なGospelの定番曲にDown by the riversideという曲があり、
Down by the riverside,study war no more...
からの引用だと思います。
study war no moreは、直訳すると戦いを学ぶのをやめる、でstudyを使うのは変な感じですが、
聖書のイザヤ2章4節に neither ... learn war any more という表現があり、そのなぞりです。
They shall beat their swords into ploughshares
and their spears into pruning hooks;
nation shall not lift up sword against nation,
neither shall they learn war any more.
彼らは剣を打ち変えて鍬にし、
槍を打ち変えて鎌にするだろう。
民は民に向かって戦いを挑まず、
民はふたたび戦を学ぶことはない
川を渡る、というのは、旧約聖書でモーセがイスラエルの民を率いてエジプトを脱出して、
約束の地に帰るときに、ヨルダン川を渡らなければなりませんでした。
イスラエルの民はシナイ半島で40年もさまよったあげくにカナンの地に着くわけですが、
それだけ苦労したということは、つまり、神様に対する疑いや迷いを捨てなければ、
目的の地にたどりつけないということです。
また、川というのは、水辺ですから、洗礼を受ける(=神を受け入れる)場所というイメージがあります。
洗礼を受けるというのはどういうものかは、僕が受けた洗礼式の動画を貼っておきます(笑)