続き



ある者は忠臣にして節義(せつぎ)

に死に


ある者は偽り欺(あざむ)いても

疑われぬ


君がよく察して事実を調べず


讒人(ざんにん)の虚辞(そらごと)

を聞けばこそだ


芳香(ほうこう)と悪臭とが入り

混じるのを


どうして

日を重ねても見分け得よう



なんと芳草の枯れ易いことよ


薄霜(うすじも)の降りるのは

やがて寒の迫る戒めだのに


まことに君の聡明暗く蔽われ


讒諛(ざんゆ)の徒をして日々

に得意で居させるとは


讒人(ざんにん)は昔から賢者

を妬み


蕙(けい)や杜若(とじゃく)は

佩(お)びられぬという


美しい人の芳香を妬んで


醜い○母(ボボ)なまめき

気取る


たとい西施(セイシ)の美貌が

あっても


讒言(ざんげん)嫉妬がとって

代わる




区切ります



讒諛(ざんゆ)…他をあしざまに言って、

         人に取り入ること


あしざま…相手を実際よりも悪く扱う様


『蕙や杜若…』…「杜若」が「カキツバタ」

          なんで蕙(けい)もおなじ

          かんじか。


『西施』は人名



○母(ボボ)…漢字がどこ探しても

         無かったんで「○」を

         代わりに。

         黄帝の奥さん。


昔は、指紋とかDNAなんてもんは

なくて、もちろん録音するもんとか

も無い訳だから「あいつが○○って

いってました。」とか言われると、

信じてしまうんだよね。本当は君主

としてはその事が事実か、はたまた

虚偽か本人をよんで聞いたり、確かめる

必要があるんだけど…。




まだ続く。



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この時代より前(春秋・戦国)

の偉人が出てきます


ちょっと難し。




百里奚(ヒャクリケイ)は

捕虜となり


伊尹(イイン)は料理番

となり


太公望は朝歌の屠者(としゃ)

となり


寗戚(ネイセキ)は歌い

ながら牛を飼っていた


もし(ボク)

に逢わなかったら


世間は誰が彼らを知ろう




呉王は讒(ざん)を信じて

忠言を味わわず


伍子胥が死んで始めて

憂き目を見た


介子推(カイシスイ)は

忠であったが立ちながら

焼け死んだ


文公は気付いて後を

追わせて


介山を封じて出入りを

禁じ


その限りない大恩に報い


長い間の親の親切を

思うて


喪服をつけて弔哭(ちょうこく)

した




中断。



百里奚(ヒャクリケイ)

…春秋の『虞(グ)』の国の大夫

《虞》滅んで《晋》によって捕虜と

なる。その後なんやかんやあって

《秦》の公(穆公)がその賢人なの

を聞いて後に、国政を委ねた人物


伊尹(イイン)

…料理人として《商(殷)》の王に

見出されその後宰相となる。


太公望(タイコウボウ)

…釣りしていたら《周》の文王に

見出され…以下同じ感じ

文王の子王の時代にそれをよく

補佐した。


寗戚(ネイセキ)

…牛を飼いながら歌っているところ

《斉》の公が通りかかりその人物

の優れたるをみて連れ帰り、のちに

重く用いられた。



『呉王は…』

呉王夫差は讒言を信じて伍子胥を

自殺させ、その後《越》に滅ぼされる


『介子推は…』

介子推は《晋》の文公を放浪時代から

よく助けたが、その中に自分の功を

誇り報酬を要求するものであったため

「そんな奴とは一緒にいられん」と言い、

山にこもる。その後文公は自分の過ちを

悟り介子推が死んだ山を彼の封邑とし

山の名を『介山』とし、彼の恩に報いた。







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ちょっとした合間に


続き



何故罪なき忠臣の


謗(そし)りにあって尤(とが)め

られる


照らす日かげにこそ信(まこと)

あれ


身を深く隠れて禍を防いだ



沅湘げんしょう)の深い淵(ふち)

に望み


遂にみすみす流れに沈めば


この身は死んで名は絶えようが


君が永く悟りたまわぬのが口惜しい



君は心に尺度無く善悪を察し

たまわず


芳草も小暗い藪(やぶ)に棄てられた


どこにこの真心を訴えようか


むしろ死に安(やす)んじてなまなかな

生き方はしたくない


君はひとえにその耳目をおおわれて


忠臣の進む道をなくされたのだ




区切ります



謗り…人の悪口を言うこと、批難


尤…(もっとも)と使うが(とがめる)

   の意味もある


沅湘げんしょう)…調べたがよくわからん

            その次に『淵』や『水』

            があるから川か。

            屈平はその人だから

            長江沿岸かその支流。


芳草〈ほうそう〉…よいかおりのする草。

          また、春の草。


なまなか『生半/生中』…中途半端なさま。

              どっちつかず。

              なまはんか


『何故罪なき…』…屈平のこと




内容的には同じような事を言葉替えて

述べているんだけど…


悲痛さが伝わるね。




まだ終わらん。




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続き



讒人(ざんにん)は君の聡明を

蔽(おお)い隠し


偽り惑わし欺(あざむ)けば


君は事に照らして事実を考えず


遠く臣を流して省(かえり)みたまわず


汚らわしい讒言(ざんげん)や

阿諛(あゆ)を信じて


激しく怒って尤(とが)めたもうた





時間がないので一旦区切ります




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楚辞にある<九章>の中の


《惜往日(せきおうじつ)》を。




長いです。




<九章>は屈平が、


放逐されて後に国や君を


思って発した言葉を人々が


後の世の人が記したもの








《惜往日》




《惜往日》は原文の


『惜往日之曾信兮』


から最初の文字を取ったもの


で、




『初めは王に信頼され、


その後に讒言をうけて国を


追われた事は君主が嘘か


事実か正しく判断出来ないから


であり、その事(讒言の内容)が


事実か虚偽かはいつか天にある


星のようにはっきりするであろう。


言いたいことがあるが、もう何も


言わずに川に身を投げよう。


ただ君主の聡明が覆われている


のがただただ悲しい。』




という屈平の最後の気持ち。


では、




本編






かなしいかなその昔は君に信ぜられ




詔(みことのり)を受けて時世を


かがやかし




先祖の功業を奉じて人民を照らし




法令制度のまぎらわしきを正した




国は富強で法は行われ




忠貞の臣に任せて君は日々に


楽しみ給うた




機密の事はひとり臣が胸に


蔵(おさ)め




過失があってもなおその罪を


問われなかった




心敦厚にして機密漏らさず




ために讒人(ざんにん)の


嫉(ねたみ)に遭うた




君は怒りを抱いて臣に対し




事の実否察したまわなかった






            区切ります






時世…時とともに移り変わる、


     世の中




忠貞…よく仕え、節操を守ること





敦厚…誠実で、人情に厚いこと





讒人(ざんにん)…讒言して


           主君にへつらう






「法令制度の…」


…『史記』にあるから詳しくはそこで




大まかに言うと、


ある日、楚王が屈原に


法令を作らせた。




あるものがこれを奪おうとしたが、


屈原は与えなかった。




そこでそのものは、楚王に


「あいつ(くつげん)はその法令を


作った功を、法令が出るたびに


『俺しかこれは作れない』とえばって


いる」というと楚王は怒って彼を


疎んじた。




法令を屈原は悪用されないように


機密を漏らさなかったのが、


佞臣に恨まれ楚王に虚偽の讒言を


する。


楚王はその事の事実を確かめずに


信じ込み屈平を疎んじたことが悲しいと。




まだ続くよ。








いまから行ってきます



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