本編


改めて言うけど、

春秋の(魯)という国

の年代記。




隠公 14代(在位前722~712)


いきなり14代から。



登場人物


 恵公 13代

 隠公 14代

 桓公 15代

 

 孟子 恵公の初めの夫人

 声子 恵公の孟子の次の

     夫人 隠公を生む

 仲子 恵公の三番目の夫

     人 桓公を生む


孟子の「孟」は字でも言ったが、

長男、長女の意。


「仲」は次。

だもんで仲子は孟子の妹。



孟子の「子」は(宋)の国の姓。

であるからして孟子は(宋)公の

長女になる。


声子は孟子の嫁ぐ際、その妹分

として一緒に来た。


仲子は孟子の妹


 武公 娘に孟子、

     孟子の妹に仲子 

 





わが恵公の初めの夫人は

孟子と呼ばれる人であった。


孟子が亡くなりしばらく、

声子が孟子の後を継ぎ

隠公を生んだ。



しかし、(宋)の武公の娘に

仲子という姫がいた。


生まれついて(魯)の字の

筋が手に出ていたので、

(宋)の武公は、

「いずれ(魯)の国の奥方

になるのだ」といった。


やがて仲子が成人すると、

(魯)に嫁ぎーの。


そして桓公を生んだ。


桓公がまだ幼いうちに

恵公が亡くなったので、


隠公が立ち桓公の成人

するまで育てていくこと

になった。



つまり最初に(宋)から

孟子が嫁いできたが、

これが亡くなり側室の

声子が隠公を生んだと。


けどあくまでも声子は、

正室ではないので、

仲子が桓公を生むと

それが後継ぎになる。


けれども桓公が幼い

うちに恵公が亡くなった

のでとりあえず隠公が

立ち桓公を盛りたてて

ゆく事になったと。