非常に些細なことですので、例を挙げる程のことではないと思うのですが、具体的に言うと、以前より男性のことを、より意識するようになったり、女性とのコミュニケーションがより一層スムーズになったということでしょうか。どれも自覚の影響かもしれません。
あとはこれまで興味のなかった、恋愛小説を読むようになったり、非常に些細な変化ですが、私の中では大きな変化なのです。
それから男性時代からの友人と会うことを、これまでより一層強く避けるようになりました。なんでしょうか。友人のことが嫌いになったわけではありません。大切な友達であると思っているし、彼らがあったから、いまの私があるとも思っている。
彼らに会うことで、また男性を演じなくてはならないわけです。でもそこにいる自分はもはや男性でもない。男性として振る舞うことに、より一層違和感を感じるようになったと言うことなのでしょうかね。
男性として会う友達にはカミングアウトしていないので、話の主軸はあくまで「男性として」の意見であったり、「男性として」の受け答え、また「男性として」の展望を話したりするわけです。でもそれは、嘘をつくことになりますね。嘘で固めた話などをしたくないと言うことなのかもしれません。意味がない時間ですから。
だから本当の意味であれをやりたい、これをやりたい、こんな人生を歩みたい、いまこんな事に興味があってというのは、あくまで女性として生きている私自身の意見として話したいのです。それが本当の私であるし、ちぐはぐな話をして、つじつまを合わせようなんてことはしなくて良いわけですし。
当然これまでもそのような感覚はあったわけですが、きっとまだどこかで「身体は男性である」という意識が潜在的にあって、平気でそちらを演じることができたのかもしれませんね。
以上のようなことで、最近はとても変化に戸惑ってばかりです。無意識的な変化といいますか。なんだろこれ?って感じです。
結論のない話で申し訳ないですが、書き留めておきたかったので。
あとはこれまで興味のなかった、恋愛小説を読むようになったり、非常に些細な変化ですが、私の中では大きな変化なのです。
それから男性時代からの友人と会うことを、これまでより一層強く避けるようになりました。なんでしょうか。友人のことが嫌いになったわけではありません。大切な友達であると思っているし、彼らがあったから、いまの私があるとも思っている。
彼らに会うことで、また男性を演じなくてはならないわけです。でもそこにいる自分はもはや男性でもない。男性として振る舞うことに、より一層違和感を感じるようになったと言うことなのでしょうかね。
男性として会う友達にはカミングアウトしていないので、話の主軸はあくまで「男性として」の意見であったり、「男性として」の受け答え、また「男性として」の展望を話したりするわけです。でもそれは、嘘をつくことになりますね。嘘で固めた話などをしたくないと言うことなのかもしれません。意味がない時間ですから。
だから本当の意味であれをやりたい、これをやりたい、こんな人生を歩みたい、いまこんな事に興味があってというのは、あくまで女性として生きている私自身の意見として話したいのです。それが本当の私であるし、ちぐはぐな話をして、つじつまを合わせようなんてことはしなくて良いわけですし。
当然これまでもそのような感覚はあったわけですが、きっとまだどこかで「身体は男性である」という意識が潜在的にあって、平気でそちらを演じることができたのかもしれませんね。
以上のようなことで、最近はとても変化に戸惑ってばかりです。無意識的な変化といいますか。なんだろこれ?って感じです。
結論のない話で申し訳ないですが、書き留めておきたかったので。