同じチームで仕事をしてるMちゃんは
頭の回転も早く
事務処理能力にも長けていて
何よりも結果第一主義。
彼女は自分が仕事ができると認識しているので、
自分より少しスキルが劣ると感じている人に対して
失敗してしまった時、
「なんでできなかったの?」
「どうして失敗したと思う?」
と質問をしています。
質問された人は
「だって知らなかった・・・」
「なんでできないのかすらよく分からん」
「どうして失敗したか分かれば苦労しない」
と自己否定に陥っていたようです。
今日はMちゃんがこまをのところに来て
「いつもOさんは何故か聞いても答えが返ってこない
」
と大変ご立腹でした。
「知らないから失敗してしまった人に『何故』『どうして』って質問するのは
問題解決に向かう質問ではなくて詰問に聞こえるけど。理由が見つけられない状態のときに
あまり何故、何故って聞くと相手を追い詰めるからやめた方がいいんじゃないの?」
と言いました。
Mちゃんは自分のスキルレベルで相手に質問をしてしまうので
できない人の気持ちやできない感覚があまり理解できない様子です。
「私は上司に『何故』って聞かれたら、問題解決ができた。だから私も
同じように聞いているんだけど
」
「Mちゃんが1つの質問で10個の気づきがあったとしても
人によっては、1つ気づくために
いくつもの質問をしない人もいるかもしれないよね」
とこまをが言うと、Mちゃん曰く
「今日は3つ質問して、やっと1個の答えがでてきた」
そうです。
うーん、どちらかというのとOさんには
質問をしてどうというよりも、
ちゃんとできていないことを指摘した後に教えてあげる方が
親切なのではないかと思ってしまうのでした。
最近コーチングという言葉が一人歩きしているような気がします。
Mちゃんも質問をすることを覚えていろいろ試しているようですが
何かが違うようです。
人によっては、
コーチングを便利に人を動かすテクニックと勘違いしている人が
いそうで怖い。
コーチングを学べば学ぶほど、
自分自身を見つめないといけないし
自分がどんな価値基準をもった人間なのかとか
どんな欲求を行動の原動力にしているのかとか
本当に時には「見たくない吐きそうな自分」と向き合っていかないと
コーチングそのものが表面的な嘘っぱちになってしまう
そんなこと最近強く思っています。
社内でコーチングの勉強会をしているとき
Kさんという別部署の人に
「Kさんは部下に出来ていないことを指摘したときに
周りのせいにしていたら『違うんだよっ!』って思うでしょ?
じゃあ、Kさんが上司から何か間違いを指摘されたときに
周りの責任にしている様子を、Kさんの部下が見たら
どう思うだろう?」
と聞いてみました。
コーチングをするときの質問をそのままそっくり
自分に返したときに部下と同じ言い訳をしていては駄目ですよね。
社内でもまだまだコーチングに対する知識や認識は
誤解があるようです。
「何故?」という言葉は使い方や使う相手、タイミングや状況を間違えると
相手を刺してしまうので気をつけないといけないですね。











