パラグアイ代表FWを襲った“シュート” | フーリガン通信

パラグアイ代表FWを襲った“シュート”

Paraguay striker Salvador Cabanas shot in Mexico


これは、CNNのニュースの見出しである。そのまま和訳すると、“パラグアイのストライカー、サルバドール・カバニャスがメキシコでシュートを打った”・・・

それならよくあることで全く問題はなかったのだが、今回は残念ながらそれは誤訳である。


正しくは、“パラグアイのストライカー、サルバドール・カバニャスがメキシコで撃たれる”  

つまり、カバナスは“銃撃”されたのである。


1月25日未明、このパラグアイ代表のエースFWはメキシコ・シティのバーで、夫人を伴い友人と会食していた。そして、カバニャスが帰り際に立ち寄ったトイレで、突如2人組の強盗に襲われその頭部を撃たれた。トイレのフロアに倒れているカバニャスを発見したのは夫人とのこと。


撃たれたカバニャスは病院に搬送された際には混乱しながらも意識があり、自分が「どこに連れて行かれるのか、なぜそこに連れて行かれるのか」を聞いていたというが、集中治療室に入った現在の状態は“life-threatening”、いわゆる危篤。カバニャスはこれから頭蓋骨前部に残る弾丸の摘出手術を受けるという。


カバニャスは現在メキシコのクラブ・アメリカに所属する29歳。2006年には世界クラブW杯でも来日している。2007年にはウルグアイの『エル・パイス』紙により南米最優秀選手に選出されている。2003年からプレーするメキシコでは218ゲームで125ゴール。この1月にはプレミア・リーグのサンダーランドも獲得を検討していた。もちろん6月には南アフリカW杯にエースとしてF組でイタリア、ニュージーランド、スロバキアと対戦する予定だった。


すでに逮捕された2人組も、カバニャスがそんな有名選手と知った上で狙っていたようだ・・・


南米でサッカー選手を襲った銃撃事件と聞いて真っ先に思い出すのは“エスコバルの悲劇”である。

1994年のアメリカW杯でダークホースと期待されていたコロンビアは、初戦でルーマニアに敗れた後、第2戦のアメリカ戦でDFアンドレス・エスコバルは不運にも“オウンゴール”を献上、ゲームはそのまま1-2で敗れ、チームは早々にグループリーグ敗退が決定した。多くのチームメートが国民の非難を恐れ帰国をためらう中、責任を感じて大会中に帰国したエスコバルは、バーで友人と歓談した後、店を出たところで一人の男に射殺された。大会では決勝トーナメント1回戦が始まる前の悲報であった。


犯人ロベルト・ウンベルト・ムニョスはエスコバルに対し“Gracious por el auto gol(オウンゴールをありがとう)”という言葉を口にしながら、12発の銃弾を撃ち込んだ。日本でそれまで使われていた「自殺点」という単語が、「オウンゴール」という単語に置き換えられたのは、この悲劇以降だという。あまりに生々しい表現として・・・


コロンビアでは2006年1月にも代表FWエルソン・ベセラが、地元のディスコで射殺された。こちらも数日前にバーでべセラと口論した相手がその報復としてべセラを射殺する機会をうかがっていたという。

べセラは2003年のコンフェデ杯で、試合中にピッチ上で急死したカメルーン代表フォエを助けようとした選手であった・・・

プロのFootballerは人々の憧れである。一方で一般人から比べれば豊かである彼らは妬みの対象でもある。銃社会の恐ろしさは我々日本人には分からないが、有名であることはまた、本来このような危険も抱えていると言うことなのである。貧富の差が激しい国こそ、その危険は高まる。カバニャスが遭った悲劇は、その真実を改めて思い出させる事件であった。


南アフリカも南米同様、いやそれ以上に、窃盗、強盗、強姦、殺人といった様々な危険に満ちた国である。世界中から観戦者が訪れる都市周辺に、彼らの金を狙う輩が集まってくるのは周知の事実。そんな国で開催されるW杯を前にこのような事件が起こったことを、Football界は一つの警鐘としなけらばならない。悲劇を無駄にしてはならないのだ。


Footballで誰もが楽しみにする「シュート」。アルファベットで書けば“shoot”。厳密に言えばこれは動詞で、元々「撃つ、射る」という意味である。そしてこの単語は世間では“その意味”で使われることのほうが圧倒的に多い。


もうよそう。今はただ、集中治療室で闘っているカバニャスの勝利を信じたい。


魂のフーリガン