“森本貴幸”歓喜の裏の苦悩 | フーリガン通信

“森本貴幸”歓喜の裏の苦悩

1月23日セリエA・カターニャ対パルマ、後半31分カターニャの攻撃。左サイドからゴール前に送ら1月23日セリエA・カターニャ対パルマ、後半31分カターニャの攻撃。左サイドからゴール前に送られた低いクロスに対し、DFの裏にオフサイドぎりぎりで“坊主頭が飛び出した。フリーではあるが、ゴールが近い上に目の前にはGKが身体を投げ出してコースを塞いだ。

“坊主頭”は冷静だった。 GKの鼻先で、左からのボールに身体を引くように開いて、GKの逆をついてインサイドで優しくボールをゴール右に“転がした”。

ゴール後のチームの歓喜は尋常ではなかった。“坊主頭”はゴール裏のサポーターに向かって走り、雄叫びを上げ、ガッツポーズを繰り返す。駆けつけたチームメイトと抱き合ったっまま、その“坊主頭”は次々と駆けつける後続の選手や、ベンチから飛び出したスタッフ達に埋もれて見えなくなった。叩き易い頭は何度も叩かれたに違いない。

Footballでは良く見られる光景と思われるかもしれないが、私には若干違和感がある。それは、このゴールが、リーグ戦で、しかも残り時間が15分を切った時点で既に2-0のリードをしているクラブによるダメ押しの3点目だからである。

しかし、この異常ともいえる大げさな“歓喜”には理由があった。それはこの“坊主頭”の持ち主・森本貴幸のゴールだったからである。普通のゴールではない。9月27日のローマ戦以来、実に118日・約4ヶ月ぶりとなる待望のリーグ戦ゴール(今季4点目)だったからである。


2004年、15歳の中学生でJリーグにデビューした森本がカターニャに渡ったのは2006年18歳のことである。森本はユースチームからカターニャで育てられ、途中大きなケガを負いながらも復活し、3年目の昨シーズンの12月以降、突如ストライカーとして開花した。ローマ相手に2得点、ユーべのブッフォンを破るなど、シーズン後半だけでコンスタントに7得点。ミランのアレシャンドレ・パトが同世代の気になる選手として森本の名をあげたのは有名な話である。

昨季の活躍が認められ、4年目の今季、森本はレギュラーのCF(センターフォワード)として開幕を迎えた。そのゲームで得点し、本人の目標通り「去年よりも多く、できるだけ多くゴールする」ことを周囲は期待したが、注目されればされるほどマークが厳しくなるのがカルチョの世界。21歳の駆け出しが易々と活躍できるほどセリエAは甘くない。結果を出さなければという焦りがミスを呼び、決定的なシーンを決めきれない日々が続いた。

それでも「決定力不足」にあえぐ日本代表に選ばれると言う皮肉。限られた招集機会の中、10月14日のトーゴ戦では代表初スタメン、初ゴールを記録するが、イタリアでは苦悩が続き、次第にピッチに立つ時間が減っていった。そして前節17日のサンプドリア戦、ベンチに座ったままゲーム開始と終了の両方の笛を聞く。ケガと出場停止以外では、今季初めてのことであった。エースと期待された男が・・・

状況は好転する前に悪化する。サンプドリア戦の直後、クラブはかつてバルセロナでも活躍したアルゼンチン人FWマキシ・ロペス(25歳)の獲得を発表した。2013年までの4年契約。本気の獲得である。当然のことながら周囲は結果の出ない森本の“放出”を騒ぎ立てる。クラブは「森本の責任を軽減するため」として、森本の移籍の噂を否定したが、当事者である森本の穏やかでない心中は容易に想像することができる。

森本は、そんな崖っぷちの状態でホームのパルマ戦を迎えていたのだ。しかも、森本の目の前で自分のいないチームが2-0でリードしている現実と向き合わなければならなかった。そして彼がやっとピッチに放たれたのは、もうほぼゲームの大勢が決まった後半29分のことであった・・・


前述の森本のゴール後の歓喜は、そのまま森本の苦悩の深さを語っていた。そしてチームメイトやスタッフの激しい祝福は、そのまま森本への期待の大きさと愛情の深さを語っている。

嘘ではない。
ゲーム後に同僚のFWマルティネスは言った。
「モリがゴールできてうれしい。このゴールで精神的に落ち着くだろう」

森本も答えた。
「信頼は力になっていて、自分は恵まれている。クラブが自分のそばにいてくれるから。」

私は心の中で泣いた。
「森本、いいクラブに入ったな。」

森本の苦悩が終わったわけではない。でも、大丈夫だろう。そういえば、昨季のブレークの発端となった2008年12月ローマ戦も2軍落ちがほぼ決まっていた「最後のチャンス」だった。

魂のフーリガン

カターニャvs.パルマの映像