“神の手”に下された神の裁き | フーリガン通信

“神の手”に下された神の裁き

FIFAは1月19日、南アフリカW杯の欧州予選プレーオフ、アイルランドvs.フランスでのフランス代表FWティエリ・アンリの“神の手アシスト”の一件に関して、同選手に何ら処罰を与えないと発表した。



この事件が起きたのは昨年11月18日のことである。敵地でのプレーオフ第1戦を1-0で制していたフランスが、ホームにアイルランドを迎えた第2戦、アイルランドの奮闘により90分を終えてゲームは0-1。そして延長にもつれこんだ103分、問題の決勝点が生まれる。



フランスの縦に長い放り込みFKに対し、ゴール左に抜け出したアンリがタッチラインギリギリの所で左手を使って(しかも2タッチ)ボールをコントロール、そのまま右足のアウトサイドで中央に返したボールをウィリアム・ギャラスがヘディングで決めたものだった。


アンリ神の手Youtube画像 )

このゴールに関してはゲーム後にアンリ自身がハンドを認め、当然の事ながらアイルランドも再戦を強く要請したが、直後の20日、まるで事態の混乱を抑えるかのようにFIFAは「審判の決定が最終的なもの」とこれを断固却下、フランスのW杯出場が正式決定した。



そんな経緯もあり、私もこの一件はもうすっかり終わったことと思っていたが、この“世界に目撃された不正行為”を重く見たFIFAは、容疑者・・・というより“犯人”アンリの処分の是非について引き続き規律委員会で協議していた。まあ、表向きにはそういう理由だが、どこかの総理大臣のように、犯人を擁護したことで批判されていたFIFAブラッター会長が、その批判をかわすために規律委員会に判断を委ねた・・・それが真相であろう。



なので審議の結果はもちろん“シロ”。その後付の理由は以下の通り。



「FIFAの規律条項77条では『手でボールに触れることを重大な違反行為とは見なさない』と定められている。加えて、試合を担当した主審が指摘しなかった行為を処罰の対象とするような規定は、FIFA規約の中には存在しない」



???。臨時理事会を招集して、規律委員会に委ねることを決めて、同委員会を開いて・・・約2ヶ月間を掛けてこんなコメントとは呆れてモノが言えない。まあ、もともと期待はしていなかったが・・・



そもそもFootballは大衆のもの。従ってFIFAが裁くということ自体が意味はない。アンリを許すか否かは我々サッカーを愛する者が判断するものだ。



Footballファンならかつて同じように“神の手”がFootballを汚したことがあることを覚えているだろう。そう、1986年メキシコW杯準々決勝、イングランドvs.アルゼンチンでのディエゴ・マラドーナによる“神の手ゴール”である。このゲームも、もしこの不正ゴールが認められていなければ正規の90分では1-1、延長に突入していたはずである。


マラドーナ神の手ゴールYoutube画像

マラドーナに比べればすぐに謝罪したアンリの方が100倍潔い。マラドーナはゲーム直後のインタビューで「このゴールはマラドーナの頭と神の手のおかげだ」とずうずうしく答え、イングランドのGKピーター・シルトンも「マラドーナは決して謝らなかった」と証言している。



しかし、当時はイングランドの人々こそ怒りに震えたが、その“不正”のためにマラドーナ自身の価値も、その後大会を制したアルゼンチンの偉業も、大いに賞賛されることはあっても否定はされなかった。何故だろう。



それは、この大会でのマラドーナの活躍が、この“不正”により否定されるような、そんな半端なものではなかったからである。



“神の手ゴール”にしても、手を使う場面にいたるまでのマラドーナのプレーは凄かった。DFを抜いてパスを出し、1人DFの裏に抜け、シルトンの手の高さまでジャンプ。そのスピードに乗った一連の躍動のために、審判だけでなく、会場を埋めた観客も“ゴール”と認めざるを得なかった。


昔からの当通信の読者はご存知であるが、私もその時アステカ・スタジアムで、その“ゴール”の目撃者の1人である。しかもゴール裏の高い位置から良く見えた。もっとも、当時は現在のように多くのカメラでプレーを追っていなかったため、遠目からの映像ではスロー再生でも分かりにくかったという事情もあるが・・・



当時フォークランド紛争でイングランドとアルゼンチンは戦争の当事者として敵対関係にあったため、このまま終わっていればただでは済まされなかったであろう。しかし、マラドーナはそのゲームの最中に、自らその犯した“罪”を償った。Footballの伝説となった“5人抜きゴール”である。この、スタジアムにいたイングランド・サポーターですらスタンディング・オベーションで賞賛(私が証言する)せざるを得ない「歴史に残るゴール」は、ゲーム後の論争を封じるには十分だった。


マラドーナ5人抜きゴールYoutube画像

マラドーナの“神の手ゴール”に対する謝罪は引退のずっと後、2008年1月31日のことだった。彼は英大衆紙The Sunのインタビューにこう答えた。



「もし過去に戻って謝罪できるのならばそうしたい。だがゴールはゴール、アルゼンチンは世界一になったし、私もベストプレイヤーになった。私は歴史を変えることなんてできない。私ができることは前に進むことだけだ」



その通りである。 


だから、アンリよ。気にしなくていい。あなたは、あなたが成すべきことをすれば良い。



Allez! Henry! Footballの神様も我々も、もうとっくにあなたを許している。



魂のフーリガン