白い巨人・夏のお買い物総括
毎日の自分の環境が一番忙しいはずの6月に5回も発信しておきながら、7月には1回も通信を出せずにいた。理由は簡単。私の“魂”が騒がなかったのである。不思議ではない。Footballの7月は、毎年そんなものである。
さて、この夏を騒がせた“白い巨人”レアル・マドリーのお買い物も、リヴァプールからシャビ・アロンソを獲得してようやく終わったようだ。本当に終わったのかって?クラブGMのホルヘ・バルダーノ自らが終了宣言を発したのだから確かだろう。
たくさん買ったので、改めてここでそれらの“品物”を値段順に並べてみよう。
品名 原産国 種類 買値 販売店 備考
クリスティアーノ・ロナウド ポルトガル FW €9,400万 マンU 2008年バロンドール
カカ ブラジル MF €6,700万 ACミラン 2007年バロンドール
カリム・ベンゼマ フランス FW €4,200万 リヨン
シャビ・アロンソ スペイン MF €3,000万 リヴァプール
ラウル・アルビオル スペイン DF €1,500万 バレンシア
アルバロ・ネグレド スペイン FW €500万 アルメリア 買戻し
アルバロ・アルベロア スペイン DF €410万 リヴァプール
エステバン・グラネロ スペイン MF €400万 ヘタフェ 買戻し
合計 7品 €26,110万 = 約352億円 (@\135/€1.00)
※あくまでも私の知り得た情報に基づく想定概算
さすが、2000年~2006年の第1期政権時代に「銀河系軍団」で一世を風靡したフロレンティーノ・ペレス会長、その第2期政権でも「一流の選手が揃う華やかなチームを築く」という公約を早くも果たして見せた。しかし、このお買い物に要した金額もタダ者ではない。
世界を襲った金融危機の煽りで、実際に多くの名門クラブの身売り話が出る昨今、実際にこの常軌を逸した金遣いの粗さに対しては、多くの著名人たちから痛烈な批判が飛んだ。ここでも、個人的な賢人序列で、そのいくつかを紹介しよう。
フランツ・ベッケンバウアー/バイエルン・ミュンヘン会長
「今起こっていることは狂気だ。特に多くの人々の生活、仕事が脅かされている時代にね」
「今シーズンの移籍金はバカげた金額だ。だた、それでもお金を捨てるように使う狂った人間がいる」
ヨハン・クライフ/元バルセロナ監督の空飛ぶオランダ人
「一つのクラブがあれだけのお金を払えば、ドミノ効果のように他クラブもそうし始めるだろう」
ミシェル・プラティニ/UEFA会長
「こういった過度の移籍が毎日のように起こっている。これらの移籍は、フェアプレーの概念から危険なチャレンジで、財政的なバランスへの問題となりうるだろう」
「わたしが懸念しているのは、移籍市場においてある特定の動きが普遍化してしまい、それがさまざまな国に広がっていくことだ。限度を超えた出費は移籍市場の高騰を招き、欧州すべてのクラブに悪影響をもたらすインフレの原因を作ることとなる。欧州の半数のクラブが赤字を計上していることを、あらためて思い出すべきだ」
アレックス・ファーガソン/マンチェスター・ユナイテッド監督
「今年の夏、ビッグネームの移籍に投じられた金額は、どれも“現実的な数字”とはほど遠いものだ。しかし、どういうわけか常軌を逸した金額が実際に支払われている」
「もし巨額の移籍金で選手を獲得することが、ファンを落ち着かせる唯一の方法なのだとしたら、それはバカげたことだ」
これだけ上げれば十分だろうが、最後に他業界からも・・・
ホセ・ルイス・ロドリゲス・サパテロ/スペイン首相 (同国では長引く不況で20%近い失業率が継続中)
「これらの値段は、私には度を越えていると思える。それは社会にも大きな影響を与えるだろう」
・・とまあ、カカに続いてロナウドを買った時点から、国内外の至るところから上記のようなの“総口撃”を受けたペレス会長であるが、たとえ外から借りて来たにせよ、それだけの金額を実際に用意し、交渉相手と商いを成立させたのであるから、その行為を外部から批判されるのも確かに筋違いな話ではある。前述のプラティニも、批判の一方で「何か腑に落ちないところがあるのは確かだが、クラブにそれだけの金額を払う経済力がある以上、私には肩をすくめるしか方法はない」とコメントしている。
むしろ、どんなに誹謗中傷を受けようが、世界1、2の選手を含めて、ほぼ希望通りの補強を実現し、昨シーズンはライバルのバルサに総取りされての無冠に終わったクラブを“世界1”注目されるクラブにしたのである。そう考えれば、立派なブランド戦j略と言えよう。会社経営としては見事なV字回復を実現したのである。事業の再生の立ち上がりとしては評価に値するだろう。
私としては“会社経営”としてよりも、“クラブ経営”の観点からの批判が気になった。私自身、「これでチームは強くなるの?」という疑問を持っていたからである。たとえば・・・
アレックス・ファーガソン/マンチェスター・ユナイテッド監督
「個性のある選手がこれほど大勢いては、本来最も重要なバランスの取れたチーム構成が非常に困難となる」
ジョアン・ラポルタ/FCバルセロナ会長
「チームを作る上で、努力と才能、そして将来のビジョンをベースとして積み重ねていく経営モデルと、“絶対的なパワー”をふりかざした“帝国主義的”で“利益至上主義的”なモデルでは大きく異なる。わたしは、自分が選んだやり方を信じているし、満足している。われわれの方針はより真面目なものであり、資質のある選手を磨き上げ、蓄積していくという方針に基づいたチーム作りが、成功をもたらしてくれるということは、すでに証明されている」
彼らのこういう批判は、決して金持ちに対する嫌味ではない。その裏にはペレス会長自身の第一期政権での「ギャラクティコ(銀河系軍団)の崩壊」という事実がある。
ペレスは2000年にクラブ会長に当選後、その「ジダネス&パボネス(世界最高の選手達とカンテラ出身の選手達の融合)」方針に基づき、次々と以下のビッグネームを獲得していった。
シーズン 品物 原産国 種類 販売店 備考
2000/01 ルイス・フィーゴ ポルトガル MF バルセロナ 2000年バロンドール
2001/02 ジネディーヌ・ジダン フランス MF ユベントス 1998年バロンドール
2002/03 ロナウド ブラジル FW インテル 1997年/2002年バロンドール
2003/04 デビッド・ベッカム イングランド MF マンU
2004/05 マイケル・オーウェン イングランド FW リヴァプール 2001年バロンドール
ワルテル・サムエル アルゼンチン DF ASローマ
ジョナサン・ウッドゲート イングランド DF ニューカッスル
2005/06 ロビーニョ ブラジル FW サントスFC
ジュリオ・バティスタ ブラジル MF セビージャ
カルロス・ディオゴ アルゼンチン MF リーベル・プレート
セルヒオ・ラモス スペイン DF セビージャ
アントニオ・カッサーノ イタリア MF ASローマ
シシーニョ ブラジル DF サンパウロFC
第一期政権も前半は素晴らしかった。2000/01、折りしもFIFAから20世紀最高のクラブに選ばれ、リーガ優勝に欧州CL準優勝。翌年、クラブ創設100周年を迎えた2001/02にはリーガ優勝は逃したが、欧州CLで9度目の優勝を果たした。決勝戦でのジダンの芸術的ボレーはCL史上最も美しいゴールとして記憶される。続く2002/03はUEFAスーパーカップ、FIFAインターコンチネンタルカップ(トヨタカップ)を勝ち取り、リーガも制した。
崩壊が始まったのは2003/04からである。優勝監督デル・ボスケ、鉄人DFフェルナンド・イエロを解任、右サイドでフィーゴと重なるベッカムを人気優先で獲得、そして陰の功労者マケレレは自らクラブを出て行った。世界ツアーや映画公開で世界的に上がるクラブ知名度とは裏腹に、チームは攻撃偏重のチームはジダネスの老化とパボネスの成長不全で船体のバランスを崩していった。そしてケイロス、カマーチョ、ルシェンブルゴと次々と挿げ替えられた船頭も、白い巨船の航路を修正できず、ついに3年間無冠という屈辱と共にペレスは2006年2月27日に会長職を辞任したのである。
前述のファーガソン監督やラポルタ会長のコメントは、間違いなく、またも繰り返されるペレスの“ギャラクティコ”に対する皮肉を込めたものだ。いずれもペレス会長がいない間に、独自のクラブ哲学によって成功を収めていたクラブだけに説得力がある。
では、3年後に再び会長の席についたペレスは、同じ過ちを繰り返すことになるのだろうか?実は私はそうは思わない。彼はもちろんレアル・マドリーのソシオであるが、その本業は会社経営者。スペイン最大・欧州第3位の建設会社ACS社を作り上げた辣腕社長である。そんな男が、一敗地にまみれた会長の座に再び名乗りを上げたのである。親会社から出向し、9割方決まっていた商談一つまとめられず、自らの給料を50%カットしたあげくに体調不良で休職・退任するような弱いサラリーマン経営者ではない。前回の「痛み」を知っているペレス会長が、同じ過ちを犯すことはないだろう。「失敗」から学び、次にもっと大きな「成功」を手にする。それが名経営者というものである。
因みに、前回の痛々しい最後の印象が強いペレス会長であるが、その在任時にはロレンス・サンス前会長時代の2億4千万ドルもの莫大な負債を都心にあった旧練習場の売却により一掃、一方でサンチャゴベルナベウを改装し、新練習施設シウダード・レアル・マドリーを完成した。ピッチ外でやるべきことはしっかりやっていたのである。
ピッチ上に話を戻して、今回の「お買い物」の内容をもう一度見てみよう。前回のように1人ずつ大物を買い足すのではなく、一度に多くの選手を買っている。それだけ大鉈を振るわなければならない状態であったかもしれないが、毎年新しい血を入れるたびに、その同化に苦労した前回の反省が活かされている。
そして、DF-MF-FWのバランスを考えた品揃え。ここでも知名度重視の結果、極端な攻撃偏重に陥った前回の反省が見られる。今回もロナウド、カカ、ベンゼマを買ったまでは攻撃偏重の悪夢が存在したが、後方から彼らをサポートするアロンソを獲得することで、バルダーノが満足するよう結果となった。
また、前回批判を受けた多国籍の銀河系軍団への反省として、ペレスは“スペイン人化”も進めている。7品目中国産品が5品。これにはFIFAブラッター会長がかねてから提唱し、近い将来導入される可能性がある「外国人制限(ブラッター持論はチームの先発に国内選手6人起用)」を見据えてのことだろう。
また、前回は「ジダネス&パボネス」といいながら、カンテラ育ちパボンやポルティージョを育て切れなかった。買戻しオプション行使で2品のカンテラ作品を買ったのにも、スペイン化とともにカンテラ回帰の傾向が見られる。もっともネグレドは再売却の噂もあるが・・・
そして、ペレス会長は自らの側近も固めた。前回のGMホルヘ・バルダーノをGM兼副社長、“あの”ジネディーヌ・ジダンが会長アドバイザーだという。そして監督はビジャレアルを一流クラブに育て上げた智将マヌエル・ペジェグリーニ。経営における組織作りも手抜かりはない。
以上はあえてかなり前向きにフロレンティーノ・ペレス会長を評価してみたが、決して「ありえない」とはいえないことばかりであろう。それは全て彼が批判される「失敗」以外に、数多くの「成功」を手にしてきた男だからである。
実際に、ペレスのお陰で世界中に拡大したソシオやサポーターは、今期のレアル・マドリーに大きな期待を寄せているに違いない。ペレスにとってはそれで良いのである。クラブ経営という点においては、レアルに何の利益ももたらさない人たち、レアルと敵対する人たちからはそっぽを向かれても、レアルに利益をもたらす人たちから評価されればよいのである。
事実、カカの入団発表には5万5千人、クリスティアーノ・ロナウドの入団発表には何と8万人を超えるサポーターが、ホームのエスタディオ・サンチャゴ・ベルナベウに集まった。ただ1人の選手の入団発表だけにである。元々スター選手の獲得を歓迎するレアルのソシオであるが、異例のことであろう。既にペレス会長が連れて来た選手達は、多くの人々に大きな喜びを与えているのである。そして、その喜びと期待と同じだけ、彼らをつれてきたペレス会長への感謝が込められている。
1984年、ナポリのスタディオ・サン・パオロにで行われた1人の男の入団会見に、7万5千人ものサポーターが集まった。その男の名は“ディエゴ・マラドーナ”。そして、その日からナポリの人々は“幸せ”の中にいる。彼がナポリを去って相当な年月が過ぎた今でも。「俺は毎週マラドーナを見たぜ」・・・胸を張ってそう言えることほど、幸せなことはない。
サンチャゴ・ベルナベウのピッチで、クリスチアーノ・ロナウドやカカが、マラドーナのような活躍を見せてくれる保証はまだない。しかし、レアルがロナウドに払った値段に対し多くの批判が出たなかで、1人だけ異論を唱えた男の言葉を最後に紹介しよう。
「他の選手を見てほしい。ロナウドの9300万ユーロは安かったと感じるはずだろう。俺たちが話をしているのは、世界最高の選手についてなんだ」 ロイ・キーン
Footballの興奮と楽しみは、やはり“組織”を切り裂く“個人”の技術や閃きに他ならない。システムや戦術に口角泡を飛ばす輩が多い昨今、我々ももっと素直になるべきではないだろうか。キーンのように・・・
魂のフーリガン