ガンバに見る世界との距離 | フーリガン通信

ガンバに見る世界との距離

元日の天皇杯決勝。ガンバは佐々木、二川を欠いたまま、遠藤、橋本、明神は怪我で、西野監督いわく「ロッカールームは野戦病院」という最悪のコンディション、一方の柏レイソルも負傷上がりのフランサ、李の二枚看板を先発で使えない(戦術としてサブで使い続けたという事情もあるが)という、いわば両者手負いの状態での闘いとなった。マンUのゲームを見た直後だっただけに、ゲームのスピードやクオリティには不満は残るものの、両クラブの選手達はそれぞれが現在の疲労やコンディションを上回る“魂”を見せてくれた。少なくとも私には意外な“お年玉”であった。

シーズンの最後に行われる天皇杯は、元々トーナメントの開催時期に起因する様々な問題がある。


まずは前述のコンディション。1シーズン戦い続けた選手の身体は既に疲弊し、個人としてチームとして、本来のパフォーマンスを出すことが出来ない。強いチームであればあるほど、良い選手であればあるほど年間の試合数が多くなるから、疲労の度合いも大きい。


また、リーグのシーズンも終わりに近づくと、J1のクラブでも、天皇杯よりもリーグ残留を優先せざるを得ない事情も出てくる。今回も犬飼日本サッカー協会会長が、いくつかのクラブに対して、天皇杯での“手抜き”選手起用に噛み付いた。しかし、幾ら会長が怒ったとしても、J2に落ちてしまってはクラブ・選手・サポーター全てに取っての不幸である。「ゲームに出た選手こそがその日のベスト・メンバー」というクラブ側の論理を否定すること自体が大人気ないというものである。


またシーズン終盤になると、クラブはシーズンの反省を基に、来期の構想に着手しなけらばならない。クビが寒くなる監督もいれば、選手によっては来期の契約のことが頭にちらついているだろう。全員のモチベーションにバラツキがあれば、チームとしてのモチベーションを高めるのは難しい。


もっとも、そんな様々な事情があるからこそ、いわゆるジャイアント・キリングというカップ戦ならではの醍醐味も出てくるのだが、低調なパフォーマンスの上での結果であれば、勝ったクラブのサポーター以外は素直に喜べない。観客は金を払い、寒さを我慢して観戦しに行くのであるから、当然それに見合ったゲームを期待するし、それを見せるのがプロである。


全てのJ1クラブが上記のような悪条件を抱える中、元日の決勝に勝ち残るためには、やはりその実力以上に「勝ち残りたい」という強い気持ちが必要である。天皇杯にかける「モチベーション」、いわゆる「火事場のばか力」である。そのモチベーションの源はそれぞれであるが、高いモチベーションを生むには、それなりの“理由”が必要である。かつて、1999年元日に優勝を果たした横浜フリューゲルスの場合は、親会社の事情により既に「クラブの合併消滅」が決まっていた中での選手達の「プライド」であり、昨年の準優勝のサンフレッチェ広島の場合は、J2降格が決まったクラブとしての「意地」であった。


今回、延長後半まで互いに譲らなかった両クラブのモチベーションの源は何であったか。柏レイソルの場合は就任1年目でクラブをJ2からJ1に引き上げ、3年間監督を務めた後の退任が決まっていた石崎監督への感謝であった。選手達は皆「石崎監督を最後に胴上げするために」、高いモチベーションを維持してきたのである。一方のガンバ大阪は前回の通信で述べたとおり「世界」への憧れである。ACLを制し、クラブW杯で3位となったガンバの選手達は、その素晴らしい経験をもう一度味わいたくなったのである。ACLは制したもののJ1では8位と低迷したガンバが、来シーズンACLに参戦するためには、もう「天皇杯優勝」しか残されていなかった。


そしてご存知の通り、それぞれの事情を背負った闘いはガンバが制し、聖地・国立の空に天皇杯を掲げた。両クラブのコンディションが共に悪い中、早めにゲームを決めようとした柏と、耐え抜いてチャンスを待ったガンバの闘いは、正規+延長の120分での1-0という結果が示すとおり、どちらが勝ってもおかしくない非常に均衡した見ごたえのあるものだった。それでもガンバが最後の最後で、延長後半から出場した播戸による意地のゴールで勝つことができたのは、ガンバのモチベーションの方が、レイソルのモチベーションよりも高かったからであろう。「監督の胴上げ」というそこで終わってしまう目的と、「もう一度世界と闘いたい」という更に先を見据えた目的。レイソルと石崎監督には悪いが、その「モチベーション」のレベルの差が、勝敗を分けたのだと思う。


レイソルの選手達は素晴らしかったが、やはり、世界“3位”という成果に満足することなく満身創痍の中を闘い抜いたガンバに、彼らの“魂”に、やはり天皇杯は与えられるべきだった。私はガンバの選手・監督・スタッフに心から敬意を表したい。そして、前年に同じ“世界3位”という成果が“慢心”に繋がり、内部から崩壊していったどこかのクラブには、改めて猛省を促したい。


そう、「足先」よりも「口先」が達者になった、君達のことだ。


魂のフーリガン



追伸:


前回の通信「マンUに見る世界との距離」は、実は2008年大晦日の深夜、年越しのギリギリに発信しようとしたものである。しかしながら、その時間帯の通信事情が悪かったのか、アメブロの調子が悪かったのかは不明だが、何故か発信ができなかった。結局、年を越してからのトライでも送信は出来ず、その晩は諦めて寝た。


仕方なくコピーしておいた原稿に若干の校正を行った上で発信したのは、ちょうど元日の天皇杯決勝が行われている最中だった。結果として、ガンバが勝ってくれたので、前回の通信の内容が生き、私も少々ホッとしている。もしレイソルが勝っていたらって?その時はその時。石崎監督と柏の選手達の「熱き絆」に焦点を当てて通信を書いていたかもしれない。


おまけに、1月1日、ガンバの闘いに魂を揺さぶられて書き始めた当通信も、結局発信は正月休み明けとなってしまった。我ながらずいぶんといい加減なものである。(発信の日付は、最初の下書き保存の日付である・・・汗)