ドーハで失った大切なもの | フーリガン通信

ドーハで失った大切なもの

またまた話題に遅れているが、気にしないことにする。


ご存知の通り、日本はアウェイでカタールに3-0で快勝した。確かに岡田監督になってから初めてと言える位のすっきりした勝利で、前日まで「負ければ解任」、「後任監督探しもすでに始まっている」などと、ネガティブなコメントを流していたマスコミも、翌日は一転、岡田監督に対する賞賛の言葉でそれぞれのメディアを埋めた。冷静に考えれば前日までの自分たちの見方が間違っていたことに他ならないのだが、毎度のことながら、彼らにそんな後ろめたさはどこにも見当たらない。仕方がない。ほとんどの記者は素人なのだから。


ゲームに関して今更書く必要はないだろう。すでに前述の記者さんのアホウ道(報道)や評論家の皆様の詳しい解説をお聞きになっているだろう。そんな中で私はひとつのことが気になった。カタール戦の裏にある話である。


香川真司。彼は2週間前にサウジアラビアにいた。AFC U-19選手権サウジアラビア2008を闘っていたのだ。日本はグループリーグ2勝1分、参加国最多の10得点をあげ波に乗っていた。その中心に既にA代表デビューも果たした19歳の香川がいたのは当然のことである。しかし、準々決勝進出を決めた後、香川は日本に帰国する。A代表の11月13日キリンチャレンジカップ、シリアとの“親善試合”に参加するためだ。このシリア戦はもちろんW杯予選のカタール戦の準備試合として位置づけられ、岡田の青ブチの眼鏡にかなった香川も召集されたのである。


サウジアラビアでは11月8日にU-19選手権の準々決勝が行われた。来年行われるU-20W杯への進出が掛かった大事な一戦の相手は宿敵・韓国。中盤に香川のいない日本はまったく良い所なく、0-3の惨敗を喫した。ただの1敗ではない。過去7回連続で出場してきたU-20のW杯への出場権を失ったのである。北京でのU-23の惨敗は記憶に新しいが、このU-19は次回のロンドン五輪代表となる世代である。そんな彼らが“世界との距離”を肌で感じる機会を失ったのだ。香川がいたとして、ナビスコ杯を優先して参加しなかった金崎(大分)がいたとしても、韓国との3点という大差を返せる保障はないが・・・。


そして香川はシリア戦、2-0と既に試合の決まった後半開始から田中(達)に代わって登場する。しかし、決定的なチャンスのシュートはバーを超え、ヘディングはヒットせず、最後はイエローカードをもらい、そのファールによるPKで相手に1点を献上した。溌剌さがなく、その自信のなさげなプレーは見ていて痛々しいほどであった。


しかし、誰がこの19歳の若者を責められよう。香川は帰国後にサウジアラビアに残してきたU-19の仲間たちの敗戦を聞いた。ずっと一緒に闘ってきた、同世代の仲間である。自分は1つ上のW杯のため(現実にはその準備の親善試合)に帰国しなければならなかったが、彼らは“自分たちのW杯”のために戦った。出場が決まれば当然香川はエースとしてその大会に参加する。その場にいられない悔しさ、後ろめたさは、敗戦の報によって香川の心の中で数倍に増幅されたはずである。そんな傷ついた心理状況でまともなプレーができるだろうか。しかも、彼はまだ19歳なのである。


そして、香川はいよいよ彼の“本番”、W杯アジア最終予選のカタール戦を迎える。彼はこの戦いのために、U-19で最も重要なゲームを離脱したのである。“本番”といわず、何と表現できよう。香川はA代表の大人たちとともに、ほんの10日前に離れたサウジアラビアの隣国、カタールに向かった。しかし、彼の本番に用意された舞台はピッチではなく、ベンチでもなく、スタンドのシートだった・・・


ゲームは序盤こそホームのカタールが個人技で攻勢にでるが、その後は前述の通り、まったく危なげない展開で3-0の完勝。中沢と楢崎を欠いた日本はその守りの不安を露呈することもなく、アウェイで貴重な勝ち点3を手にする。代表としては考えられる最高の結果であるが、ピッチに降りることすらできなかった香川は、一体どんな気持ちでこの勝利を見守ったのであろうか・・・大事なゲームを犠牲にして、プレーは親善試合の後半のみ、後はこの勝利のための練習に費やされたのである。素直に喜ぶことができれば余程のお人好しかバカである。少なくともプロのサッカープレイヤーではないだろう。


誰からの疑問もあがっていないようだが、改めて重要なポイントに着目してみよう。そもそも香川は日本代表に必要だったのだろうか。ただ必要というだけではない。U-20W杯出場がかかった重要な戦いのさ中にあるサウジアラビアから呼び戻さなければならないほど、A代表にとって重要な戦力だったのか。言い換えれば、香川の召集にこだわらなければならないほど、A代表は弱いのか。そんなことはないだろう。彼はマラドーナでも、メッシでもない。俊輔でも長谷部でもない。J2クラブからA代表に呼ばれ、数試合プレーしただけの有望な若手選手でしかない。もし香川こそが「救世主」であるならば、私は岡田監督に対し、これまでどういうチーム作りをしてきたのかを問いたい。


ドーハには25人のメンバーを連れて行って18人しかベンチに入れないのだから、7人はスタンドで見ることになる。最年少でA代表のある香川がその中の一人になる可能性は高かった。それなのに香川を召集し、放置した岡田監督、そして日本サッカー協会の判断を、私は理解できない。プロだから仕方がない?プロではあるが、選手は人間なのだ。事情はあったのかもしれないが、私は手放しでカタール戦の勝利を喜ぶことができない。勝ち点3と賞賛を得た裏で、日本は大事なものを失ったと思うからである。そして、もし岡田監督が“選手の心”、“魂”をないがしろにしているのであれば、私はそんな男を指揮官とは認めない。言いがかり?いや、彼にはフランスW杯の直前にカズを外した前科がある。


私は祈りたい。この短期間にサウジ、日本、カタールを慌しく移動し、その結果大きなものを失い、自分は何も残せなかったという辛い現実が、この19歳の若者のトラウマにならないことを・・・


魂のフーリガン