ジーコという生き方(前編) | フーリガン通信

ジーコという生き方(前編)

当通信読者の方ならご存知であろうが、元日本代表監督のジーコがウズベキスタンのクルブチの監督に就任した。これは日本代表とW杯アジア最終予選を争うウズベキスタン代表が最終予選の開幕2連敗のため先月20日にイニレーフ監督を解任、後任として昨年の同国クラブチャンピオン(現在AFCチャンピオンズリーグでもベスト4に進出)クルブチの監督であったカシモフ氏が就任し、その空席にジーコが招聘されたもので、いわば国家レベルの「玉突き人事」の結果である。


その証拠に、ジーコはウズベキスタン協会から代表アドバイザー就任を要請されている。既にカシモフ新監督に自らが良く知る日本代表選手の情報を伝授し、15日に埼玉で行われるW杯最終予選日本-ウズベキスタン戦の前々日には来日するとのことであるから、協会の要請も快諾したということであろう。


巷ではそんなジーコの行為によほど意表をつかれたようで、マスコミも一斉に警戒感を煽る報道を始めている。危機感の無い者には成長はないから、そういう傾向を別に否定する気もないが、私はむしろジーコの行動に驚き、慌てる日本人に対して驚いている。我々がまず認識しなければならないのは、ジーコはプロのサッカー監督であるということである。雇い主がいて、その条件が本人にとって満足の行くものであれば、プロの監督はどこでも仕事をするし、その決定に対し他人がとやかく言える筋合いではない。ジーコは契約に基づき日本代表監督を務めた。契約が終わっても、ジーコと何らかの関係を保っていたければ、日本サッカー協会はそういう契約を結べばよかったのである。前監督のオシムとの関係のように。しかし、それを日本サッカー協会はそれをしなかった。だから、ジーコは前の職場である“日本”に対し何の気兼ねもする必要がない。何をしても自由なのである。


結果として、ジーコは近年の自分の経験とノウハウが最も活かせる立場に立つことになった。AFCチャンピオンズ・リーグでも代表でも、目前に日本との重要な対戦が控えるクルブチとウズベキスタンは、「雇い主」として短期間で最大の効果が期待できるオプションに投資をしたのである。その行為はコンプライアンス上の問題のない、当たり前の経済行動なのである。しかし、してやられた日本側は慌てて、一部ではジーコの決断を“裏切り”とする声も聞かれる。愚かなことだ。そして甘い。


確かにジーコには、日本に対して「復讐」する正当な理由はある。トルシエの後任監督の選定の際に、当時の日本サッカー協会の会長は、もっともリスペクトされるべき強化委員会の判断を無視し、独断でジーコを選んだ。しかしながら、「信頼」という言葉以外に何のサポートもしないままドイツW杯のグループリーグ惨敗の全責任をジーコ1人に押し付け、自らの責任が問われる前に契約前の「オシム」の名を出してその矛先をかわした。そんな卑怯な男がいまだに“名誉会長”として権力の座に居座る日本サッカー協会である。日本は、まったくの部外者である私でも怒るような仕打ちをジーコにしたのである。当事者であるジーコが「復讐」を考えてもおかしくはない。


しかし、誤解してはならない。ジーコはそんなくだらない男ではない。ジーコを馬鹿にしてはいけない。そもそも多くの日本人はジーコという存在を、そしてその生き方を正しく理解していないのだ。私はジーコの今回の決断は実はとても自然で簡単だったのではないかと思う。なぜかって?それは、「なぜジーコが1991年に日本に来たのか?」という問いに対する答えと同じだからである。


毎度のことながら話が長くなった。ジーコの生き方について、次号でもう少し語りたい・・・


魂のフーリガン