「10人の侍と1人の愚か者」 | フーリガン通信

「10人の侍と1人の愚か者」

自分の執筆が遅いのと、オランダの衝撃が強かったのと、二つの理由により話は前後してしまったが、これだけは言っておきたい・・・怒りがおさまらないから。


**************************************

6月6日W杯3次予選、オマーン対日本。3日前のホーム戦を見逃した私は、今度は夜10:00にテレビの前にいた。問題の場面は後半28分。玉田が左から折り返し、中央に飛び込んだ大久保嘉人が相手GKと交錯した直後のことである。交錯した時に何があったかはわからないが、大久保は起き上がる前に、GKに右足でボレーを一発かました。一発退場である。


思い出したのは1998年W杯フランス大会、決勝トーナメント1回戦のアルゼンチン対イングランド戦のベッカムの一発退場劇であった。確か後半開始直後だったと記憶している。試合はその時点で2-2。この日、大会で初先発を果たしていたベッカムは、アルゼンチンから何ども狡猾な削りを受けていたが、その時もアルゼンチンのシメオネにファールを受け、のしかかられるように倒されていた。腹ばいのベッカムの上に乗っかるように倒れた“犯人”シメオネは、ベッカムをじらすようになかなか起き上がらない。そして握手も謝罪もなく無言で立ち上がったが、今度はなかなかベッカムの上から立ち去ろうとしない。ベッカムはやっと自由になったその足で、倒れたままシメオネの足を蹴った。蹴ったというよりも「早くどけよ!」という感じで足を「ばたつかせた」と言った方が適切かもしれない。しかし、目の前で行われたそのささやかな“報復行為”に対し、主審のレッドカードをかざす手に躊躇はなかった。当時23歳、金髪のストレートヘアでまだまだあどけない表情の若者であったベッカムは、大いに落胆し、自分が犯してしまった過ちの大きさに打ちひしがれるように、うなだれながらピッチを後にした。


そして、1名少なくなったイングランドは、アルゼンチンの猛攻に耐えながらも反撃し、そのまま延長に入り、最後はPK戦で敗れた。若きマイケル・オーウェンが世界にその名を知らしめた電光石火のスーパー・ゴール以上に、ベッカム退場の波紋は大きく、英国中のバッシングがベッカムに向けられた。「10人のライオンと1人の愚かな若者」・・・翌日の英国の新聞に踊った見出しである。


ベッカムをファールで倒したのはシメオネ(実際にイエローカードが提示された)であり、被害者ベッカムの苛立ちも理解できた。しかし、素晴らしいゲームに水を差し、チームに迷惑をかけた行為に、サッカーの母国を自認するイングランドの人々は、若干23歳の若者を許さなかった。イケメンの人気者である上に、当時世界的な人気を誇った英国のポップ・グループ“Spice Girls”のメンバー、ヴィクトリア(現在の奥様)と熱愛中であった彼に対する妬みもあったのでろうが、それ以前の問題として、ベッカムはイングランドの代表選手であり、彼が衆目の中で見せた愚かな行為は、誇り高きイングランド人全てを侮辱するものだった。それだけ代表選手の胸に縫い付けられた“Three Lions”のエンブレムは重いものなのである。


翻って今回の大久保の場合はどうであろうか。彼はGKとの交錯の際に、相手の身体のどこかが彼の股間に入り、頭が真っ白になって蹴ってしまったと述懐しているが、彼が股間を押さえてうずくまるのは、しっかりと蹴りを入れた後のことである。大して痛くないのに、被害者を演じて自分の蛮行を隠そうとしたに違いない。その証拠に、倒れている状態で主審にレッドカードを掲げられると、彼はさっと膝まづき、大きく目を見開き主審に哀願の表情を向けて「そんなばかな!」と訴えていた。そして、主審の毅然とした態度を確認し、少し間をおいてから再び股間を押さえてうずくまったではないか。まるで、判定から逃げるかのように。そして大久保は結局、その後ずっと股間を押さえてうずくまったまま、担架で“退場”して行った。


実は私には、草サッカーでの相手との衝突で、不幸にも片方の“タマ”を潰してしまった友人がいる。その時私は一緒にプレイしていたわけだが、彼は痛そうな顔はしていたが、最後まで試合を続け、その後であまりの痛さに病院に行き、そこで初めて自身の症状を知った。そして彼はそのまま入院した。結局彼はその後に子供をもうけたので、不幸中の幸い、最悪の状態は免れた訳だが、その時は笑い事ではなかった。しかし、私は大久保が試合後に病院に行った話も聞いていないし、ましてや大久保のタマが潰れた話も聞いていない。


要するに、大久保がしたことはこういうことだ。人に見えないように相手を蹴り、それがばれないように被害者を演じ、犯罪がばれた後は自身の罪を認める潔さも見せず、うずくまって自らを偽装したまま、担架で現場から逃亡したのだ。犯罪の軽重はあるが、見方によっては、顔を毛布で隠しながら警察に連行される犯罪者の方がまだましではないか。彼らはちゃんと自分の足で歩いている。


ベッカムの場合と違って今回は相手も1人退場しているから、彼の愚かな行為そのものがその後のゲームに大きな影響を及ぼすことはなかったが、それはただのラッキーでしかない。オマーンの退場者は松井に対する暴力が処罰されたのであり、大久保の退場は純粋な日本の“1名減”なのである。大久保が退場していなければ、日本は1名多い有利な状態でゲームが続けられたかも知れないのだ。1-1で引き分けたから良かったものの、もし楢崎がPKを止めていなかったら・・・大久保の責任はそういう視点で捉えるべきではないのか。


大久保のその後については、本人は謝罪し、深く反省しているというが、本当だろうか。報道された内容は以下の通りである。ベンチで何が起こったか判らなかった岡ちゃんの大久保に対する質問から場面が始まる。

 岡田: 「お前何したん?」

 嘉人: 「蹴ってしまいました。」

 岡田: 「ボケッ」

これではまるで漫才である。もっとも面白おかしく伝えるマスコミもマスコミであるが・・・


ご存知の通り、大久保はこれまでも数え切れない反則を犯し、数え切れない暴言を審判にぶつけてきた選手である。ちゃんと反省ができる人間なら、とっくに自制が働き、反則の数も減るはずなのである。それができないのだから、よほど人間として未熟であるか、余程のバカである。ベッカムの98年W杯での退場は、その時点の彼の生涯において“2度目”の退場であった。その日も、シメオネのみならずアルゼンチンの選手から多くの反則を受けていた。それでもイングランドの人たちはベッカムを許さなかった。ありえないことであるが、大久保がもしイングランド代表選手だったらどうだっただろうか。反則行為そのものではなく、一連の大久保の醜い態度を、誇り高きイングランドの人々は同朋として許すであろうか。少なくとも私は、大変恥ずかしい。同じ日本人として・・・


魂のフーリガン