【野蛮人たちへ】 | フーリガン通信

【野蛮人たちへ】

思い出したのは1982年のスペインW 準決勝西ドイツ対フランス、延長後半11分のシーンである。将軍プラティニから西ドイツDFの裏に絶妙のループパスが通る。抜け出したのはフランスのバチストン 。フランス人の誰もが「やった」と思い、ドイツ人の誰もが「やられた」と思ったその瞬間。バチストンがボールのバウンドにあわせて一瞬躊躇した時に、彼の前に残る唯一の西ドイツ選手であるGKハラルト“トニー”シューマッハーが猛然とペナルティーエリアを飛び出し、迷うことなくバチストンの正面からジャンプ一番、肘と膝が入った壮絶な体当たりを敢行した。飛び散るように地面に叩きつけられたバチストンは意識不明のまま担架で運び出され、そのまま入院生活を余儀なくされた。恐らくW杯史上最も邪悪なプレーの一つであろう。


そんなシーンが20日の東アジア選手権、中国対日本で再現された。延長ではない後半10分。中村(憲)中国DFラインの裏へパス。この日も左MF入った安田がスピードに乗って抜け出す。そこに飛び出してきたのは中国GKゾン・レイ。こちらも迷うことなくジャンプ一番、足の裏から踏みつけるようなカンフーキックが交錯する安田の脇腹に突き刺さった。苦悶の表情でうずくまる安田は、立ち上がることなく、そのまま担架でピッチから運び出された。シューマッハーの体重全てを正面から受けたバチストンと違って、蹴り一発の接触だったのが幸いしたのか、その後の診断の結果、安田は骨にも内臓にも異常はなかったようだが、サッカーであってはならない身の毛もよだつ戦慄のシーンであったことに変わりはない。


時代は変わった。マラドーナやジーコがシャツを引きちぎられ、何度も芝に顔をこすりつけた82年の夏から比べれば、ラフプレーに対する処罰も各段に厳しくなった。もう“ジェンチーレ”や“タルデリ”といった“壊し屋”という種族は欧州のピッチには殆ど生息していない。欧州からは汚いと称される南米ですら、“犯罪行為”は人の目に触れない場所で静かに実行するだけのデリカシー(狡猾さ)は持ち合わせている。しかし、サッカー文化の進化が遅れたアジアでは、まだそんな太古の野蛮な種族がピッチの至る所に姿を現す。しかも、頭に血が上り易い彼らは集団でそのような蛮行に走る。同じアジアの民族として情けないことこの上ない。もっとも、82年のシューマッハーには切られなかったイエローカードが、今回北朝鮮の主審によって掲げられれたことはほんのわずかな“進化”ではあったが・・・


中国は広大な国土と日本の10倍以上といわれる人口を背景に、近年急速な経済成長を遂げてきた。その証としてこの夏にはスポーツ最大の祭典であるオリンピックをその首都で開催するに至った。しかし、偽物が平然と出回る市場、違法行為が発覚したときの国家の対応を見る限り、もっとも古い文明を持つこの“大国”の現在の文化レベル、そして国民の品格は、世界の常識を大いに下回るレベルといわざるを得ない。この国がその経済力に見合った品格を持ち合わせる日は果たして来るのだろうか。


変化の兆候はあるようだ。中国のスポーツ紙「体壇週報」は、日中戦の自国代表のラフプレーに対し「中国チームは自らに最も野蛮なチームというレッテルを張った」と批判する記事を掲載した。この記事が、北京オリンピックへの世界の不安を打ち消すために画策された、形だけの“自省行為”でないことを祈るのみである。


魂のフーリガン