【“Game”と“Match”】 | フーリガン通信

【“Game”と“Match”】

"Theatre of Dreams"・・・我が最愛のクラブ、マンチェスターユナイテッド(以下マンU)のホームスタジアム“Old Trafford"の俗称である。


2月10日にその“夢の劇場”で行われたマンUとマンチェスター・シティ(以下シティ)の試合は、イングランドでもっとも盛り上がるローカル・ダービーの一つという要素に加え、イングランド・サッカーに興味がある方なら誰でも知っている1958年2月6日にマンU起こった“ミュンヘンの悲劇”(語ると長いので詳細はいずれ)の50周年メモリアル・ゲームであった。当然の事ながら“劇場”は約7万6000人の観客で埋まり、マンUのイレブンは白い縁取りのVネック、胸にスポンサーネームもエンブレムもなしという1958年当時を模したシンプルな赤いシャツ、左腕に黒い喪章を巻いて登場した。一方のシティは現在のスタイル(ただしスポンサーネームなし)だったが、黙祷の1分間、スタンドではマンU 、シティサポーターが恐らくこのゲーム用に特別に配布されたであろうオールドスタイルのスカーフ(マンUは赤/白、シティは空色/白の縞々)が一斉に掲げられ、“劇場”は荘厳なムードに満ちていた。ここまでは良かった。


しかし、そんな演出の下で行われた試合の内容はまさに“悲劇”。先の水曜日のインターナショナル・マッチ・デーに多くの選手を供出したマンUは、疲労のためか全く良いところがなく、1-2で試合を落とす。しかも、ただの1敗ではない。ホームでシティに敗れるのは1974年以来、アウェイとホームで2回とも敗れるのは1970年以来という、不名誉な結果であった。スタンドにいた“ミュンヘンの悲劇”の生き残り、英国から“Sir”の称号を授与されたボビー・チャールトン氏は、どのような思いでこの“悲劇”を見届けたのであろうか。


試合内容をここで細かく語るつもりはない。NHK衛星放送でも放映されたから、ご覧になった方の感受性にお任せする。私が言いたいのは、サッカーの試合を、プレミア・リーグの1試合をかくも過剰に演出する必要があったかということなのだ。まず、観客はスタジアムに何を求めて行くのであろう。それは試合そのものであり、その試合をどう盛り上げようかという演出ではない。どういう展開になるか分からない「筋書きがない」ドラマを観に行くのである。そして敵陣と自陣が区切られておらずフィールドの全てで肉体的な接触が許されるサッカーの場合、必然的にその内容は「娯楽」や「技の応酬」ではなく、「闘い」や「何でもありの勝負」となる。だからこそ、血沸き肉踊るのだ。残念ながら、この試合にはその要素が足りなかった。


私は昔のOld Traffordを知っている。スタジアムはマンチェスター郊外の古い工場地帯に忽然と立ち、赤レンガ作りの建物は周囲の退廃的な雰囲気に同化していた。しかし、後に見事に改装され、現在はUEFA5つ星スタジアムに指定されるこの世界有数のスタジアムには、かつてはゴールのたびに男達の人並みが崩れ落ちた広大な立見席はない。ピッチとスタンドを隔てる金網もない。近代的なスタジアムはまばゆいばかりに明るく健康的で、独立シートが整然と並んだ安全な観客席はもう揺れることがない。“劇場”としての機能は間違いなく良くなり、観やすくなっているだろう。これはOld Traffordだけに限られたことではない。ArsenalのEmirates Stadiumもしかり、新しい聖地Wembleyもしかりである。しかし、“観劇”に最も必要なのは設備だろうか、演出だろうか。違うだろう。目の前で繰り広げられる生々しい男達の“闘い”であり、それに呼応するスタジアム全体の“殺気にも似た緊張感”である。


ご存知の通り、プレミア・リーグは現在、世界で最も成功したリーグであると言われている。しかし、その背景にはロシアのオイルマネー、アメリカの成金資本家、タイの汚職政治家などから莫大な資金が流れ込んで、マーケットを強引に活性化しているという事実がある。その結果としてサッカーはスポーツからビジネスになり、娯楽的要素がどんどん強まり、逆に50年前のような“殺気”や“緊張感”が徐々に失われているのではないだろうか。そんな気がしてならない。


イングランドでは試合のことを、ゲーム“Game”と呼ばずマッチ“Match”と呼ぶ。娯楽的な意味合いが含まれる“Game”に比べ、“Match”の方は力の均衡した競争相手とのタイマン勝負といった意味合いが強い。私は、そんなイングランドのサッカー、いやフットボールに対する感覚を少なからず肯定的に解釈し、一人納得もしていた。しかし、50年前の伝説を思い起こすように緻密に演出された“平凡”な試合を見ながら、私のそんな考えも少し揺らいでしまった。私は捻くれ者なのだろうか。


魂のフーリガン