今日は千載和歌集の恋の部にある源俊頼の歌を。 これは百人一首にもある有名な歌です。


「憂かりける 人を初瀬の 山おろしよ はげしかれとは 祈らぬものを」


千載和歌集のこの歌には「祈れども逢はざる恋といへる心をよめる」とあります。つまり「会いたいと祈っても会えない恋の歌」です。

あなたに会いたいのに会えない…どうしても会いたいので、初瀬山の観音様にお祈りしたのに、初瀬山の激しく吹く山下ろしのようにあの人の態度は更に冷たくなってしまった。そうなってくれと祈ったわけではないのに…。

前にも書いたように、和歌では「うまくいかない恋」というのがよく詠まれます。これもそうですが、この歌は詞の使い方が技巧的です。なのでその分、あんまり親身に共感しにくいかも(^_^;)

今でもそうですが、あんまり巧く言葉にしすぎるとかえって真剣さが伝わらないこともありますよね(^_^)(そんなまとめかよ!笑)
久々に更新となってしまいました(^_^;)
今日はちょっと和歌から離れて、有名な「枕草子」を扱ってみようと思います!
「枕草子」は清少納言が日々の様々なことを綴ったものです。 「枕草子」と名前を聞くだけでイヤだと思う人もいると思います。 実は私もそうでした。

しかし、「枕草子」は清少納言が思ったことを日記や知識などごった煮で記してある、言うなればいまの 「ブログ」 のようなものなんです!!

今日はその中でも「ありがたきもの(滅多にないもの)」の段を。


ありがたきもの。
しゅうとにほめらるる婿。また姑に思はるる嫁の君。…主そしらぬ従者。…女どちも、契り深くて語らふ人の、末までなかよき人かたし。


訳します!
滅多にないもの。
結婚相手の父親(しゅうと)に誉められる婿。また、結婚相手の母親(姑)によく思われるお嫁さん。…自分の仕えている主の悪口を言わない従者。…女同士で仲良く語り合ていても、ずっと先まで仲良い人は滅多にない。

読んでてだいたいのことは、今でもわかることじゃないですか!? しかもちょっと面白い。 これを面白いと思ったり、あぁ~!と納得するのは、今も昔も共通することだから。
インターネットとかいろいろあるのに、結局人間ってあまり変わらないんですね(^_^)

古典の授業でもこれをやってくれたら楽しかったのになぁ…(>_<)
今日は古今和歌集にある詠みひとしらずの恋の歌を。


「あひ見ずは 恋しき事も なからまし 音にぞ人を きくべかりける」


内容は「全く会わなかったらこんなに恋しいことも無かったのに。会わないで噂でだけあの人を聞いていれば良かったのに。」というものです。

学生の頃、古典で「会う」は「結婚する」と訳しませんでしたか?
昔の貴族の恋は、それほど会うことがなく、男は噂に聞くかちらっと覗き見して相手のことを知ろうとしました。

これはそんな時代背景を考えて読むとつまり、「噂で聞くだけならまだ冷静でいれたのに、会ってしまったいまとなってはこんなに恋しくて苦しい。こうなるなら噂で聞くだけで良かったのに…」ということですね。

大好きなあの人。遠くから見てるとカッコよくてちょっと気になってた。
けど、いざ話して仲良くなると、好きで好きでたまらなくて苦しい…こんなになるなら、遠くから見てるだけで良かったのに…
現代風に解釈してみました!!(^o^)