いま、ニュースといえば口蹄疫ですよね。
正直、あまり詳しくなく、簡単に語るのは良くないのでしょうが。牛が凄まじい数処分されています。
今日は古今和歌集・離別歌にある紀貫之の歌を。これは人の馬が死んだときにはなむけに詠んだ歌です。


「惜しむから 恋しきものを 白雲の たちなむのちは なに心地せむ」


「白雲」は「たつ」の枕詞で、「別れを惜しんでいるときですらもう恋しいのに…死んでしまったあとにはとてもたまらない気持ちがするのだろう…」

実際には勉強不足で、畜産の方の気持ちがすべて僕にわかるわけではありません。しかし、牛とともに生活をしてきた方々の気持ちを想像することはできるはずです。
この紀貫之の歌も、まるで人が亡くなったのと同じように馬の死を詠んでいます。

天災であって、どうしようもないことなのですが、せめて牛たちが天国へいけるように祈りたいですね。
最近は日も長くなりましたね(^o^)
今回はそんな夏の明け方の歌を。 古今和歌集の夏部にある紀貫之の歌です。


「夏の夜の 臥すかとすれば ほととぎす 鳴くひとこゑに 明くるしのゝめ」


訳は「夏の夜。横になろうとする。(すると)ほととぎすの鳴く声でもう夜が明けて、明け方であるよ。」

夏は昼が長い。日没は遅くなるし、もちろん夜明けも早くなる。
この歌はそんな夜明けの早くなった夏をあらわした歌です。

夏の夜。そろそろかと床に就く。さぁ寝ようと思っていると、外からほととぎすの鳴く声がする。その声がしたかと思うと、外はもう夜が明けて日が出てきているではないか。

伝えたい内容は「夏の夜は短い」ということなのに、それをほととぎすを使って優雅に詠んでいる歌ですね。
今日は伊勢物語の中の和歌を紹介します(^_^)
伊勢物語といえば全百二十五段が「むかし、男ありけり」から始まる、在原業平が主人公だと言われている歌物語です。
今日扱うのは、その伊勢物語の最後から2つ目、第百二十四段です。


むかし、男、いかなりけることを思ひけるをりにか、よめる。
「思ふこと 言はでぞただに やみぬべき われとひとしき 人しなければ」


直訳を以下に、

昔、男がどうしたことを思ったときだったか、歌を詠んだ。
「思っていることを言わないでそのままにしてしまうことにしよう。自分と同じ心の人などいないのだから」


この歌は要するに「誰にも俺の考えなんかわかんねぇよ」ってことです。 なんか業平もそう考えると拗ねてるようで可愛いですね(^_^)

自分と他人では解り合えるとこと、絶対に解り合えないとこと両方あると思います。家族、友達、恋人でさえも。
解り合えるまで伝えようと頑張る。それも大事ですが、なかなか難しい。
解り合えないからって最初から伝えようとしないのは、簡単だけど何も生まれない。

人間って難しいですね(^_^;)