あまり政治ごとには興味がありません。
構造が複雑で覚える努力に見合う対価がないと判断したから、ってのが一番の理由です。
それ以上にわかりやすく言うなら、一国民が何を言ったところで目先だけでなく国自体の何かが変わるわけでもないだろう、ということです。
私自身、政治家になろうとは思いませんし。
ん?そういえば日本て民主主義だったような気が。
だから選挙で国を動かす人を選出しているんだよな?
で、その職についた人間はみんな、選挙活動の前後問わず本当にその「責任」をわかったうえでやろうとしてる、やっているのか?
政治家を目指す理由や目的を、本人の意思が占める割合で作った逆ピラミッドにしたとき。
最上位にある内容が「金」になってない人はいったい何人いるんだ?
こういう質問がどっかのスレに乗っかったとき、そちら側のフォローする人がいるけどさ、全ての人の表と裏の顔を知ったうえでその人の政治家としての有用性と、国民を裏切る行為はないのかってのを慎重に考えて判断すべきだと思うのですが。
どこから出現したかもわからない根拠とも呼ぶに怪しい言葉で、「ちゃんと仕事をしています」、とか「給料に見合うだけの重労働です」的な内容で終わってんだよなぁ。
政治家の給料って、仕事上必要な経費を除いて本人に与えられるものだとすれば、個人的には多すぎると思うのですよ。
先に給料が提示されていれば、それに飛びつきたがる人種ってのは何も国の仕事をがんばりたい人だけではない、と言い切れます。
だって、仕事できなくても任期中は給料入るわけだし。
国民の支持を受けられる人が何人いるか知らないけど、たまに思うんですよ。
「政治家の給与体制を大幅に変更したらどうなるか」
私が考える給与の支給体制は「支持率歩合制」。
簡単に言うと、「この人を支持します」という国民の支持率がそのまま給与の支給率となる。
基本給(支持率0%の給料)は、まあ月給にして20万といったところでしょうか。
そこから先は、文字通り国民がその政治家を判定して投票します。
国民も自分たちの首をしめたくはないだろうし、金のためだけにいるような人間をそのポストへずっとおきたいとは思わないでしょう。
こうすることで、「具体的に」自分たち、国民一人一人の意志が政治家の生存競争に反映されるわけです。
政治家側として見てもこのやり方にはメリットがあります。
やる気があって、それなりの成果をだせる人材であれば必然的に指示され、給与という形で自分の働きを認められます。
真の政治家であれば、これこそが自分の仕事場だ!と思えるのではないでしょうか?
当然支持率を得られない政治家にとっては継続の選択を迫られるわけです。
自分の仕事を反省し、未来に向けて向上心を煽ることはもちろんプラスになります。そういう志を持つ人にとっては、です。
現在のように、仕事もプライベートもおおむねグレーゾーンでお金が入ってくる環境は、もうここにはありません。
楽して金が入らないなら辞めてやる、そういう人間も出てくるでしょう。
それがこの体制の狙い、もとい目的でもあります。
いい加減な仕事しか出来ない、またはやる気がないなら辞職していただいて結構です、ということである。
国民として、取られる税金は納得の行く場所に充てられて然るべきと思うのが普通だと思うのです。
まあ、そういう意味であれば他にも公務員の話とか出てきてしまうのでここまでにしますけども。
このやり方でいくと、文字通り「国民の意志」で国が動いていく傾向が強くなると思われます。
当然、国民が支持しているわけだから、その先に大きな失敗や苦難があったとしても、今迄みたいに他人事のような批判も簡単にはできないのではないでしょうか。
まあしかし、というよりも、むしろこれこそが民主主義なんじゃないの?