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ここ最近、思う事があった。

先に、云っておきたい事がある。

昔から出版社は、表現の自由なる物を盾にし、言葉の暴力で人々を傷つけてきた。

最近拝見した記事で、非常に不快、そして、憤慨させられた書面があった。

某出版社が、6/21号と称して出版した週刊誌である。

その週刊誌(某週刊B)である。その誌面では、元彼氏となのる下品な人間を引き込み、ある情報をリークさせた。(もしくは、その男が金目当てに売り込みをしたのか?)

理由がどうあれ、一人の人間の人生、夢、頑張り(努力)をその一冊の誌面の言葉のテロが、その人の人生像を狂わせたのである。そのような事をスルーさせてしまっていいのか?自分は、こういったまがいの事がとても許せなく思った。人から変な正義感だしてるんではない、とか、偽善者と言われようが自分にとって、その女の子の苦しみと比べたらどうでもよく思えた。

話を戻す事にします。元来、出版社のジャーナリズムとはどこへ行ってしまったんだろうか?ジャーナリズムというたいそうな物は、こんなにも次元が低く、低俗に扱ってよいものだろうか?そして、頑張って夢を掴み、叶え、そのうえで成功しつつも努力をおこたらずに邁進し続ける人間に対して、言葉を使ってイメージダウンさせ、失墜させる事を誰がしていいものなのか?そのような行いをしていい者などいないはずである。安いジャーナリズムをかざし、人に不幸をもたらす編集人は世として、裁かれなくてはおかしい。

この事に関しては、まさに犯罪だとも感じる。罪の意識が感じられないのであれば、即刻、業界をリタイアするべきである。ならび、罪の意識があるのであれば、謝罪の広告なり記事を直ちに表明しなくては、真の人間とは云うべからず。

そして、なぜ、頑張ってきた人間が痛い思いをさせられなくてはならないのか?今一度、このようなくだらなくどうでもいい記事を書かせた出版業界も反省しなくてはならないはずだ。

こういった件が、それでもはびこるのであれば、所詮、本という存在はあってはならない。

えてして、このようなエゴのハイエナ共は、社会が断じて許していてはならない。需要と供給に走り続けてきた顛末がこれだ。売れればいいちいう物など所詮、存在してはならない。そして、記事を載せる事を許している出版誌に対しては不買運動、批判などが起こってもしょうがない話である。身からでた錆である。ペナルティーをうけても当然だ。

書いている人間がきちんとした常識人でなければならない。それを念頭を置き、罪を感じまっとうな人間でいるべきだ。できないのであれば、人間の社会からドロップアウトすべきだ。物を書くという事は簡単ではなおだろうが、それを承知で懺悔の気持ちで書くべきである。


全体を通して、云える事がこの事件性のあるような記事など、一切締め出し、社会性のある、人を貶める言葉の暴力にない人が頷ける記事を掲載しつづけなくてはならないはずである。

そうして、儚くも。このような低俗誌に貶められ、自分の夢を打ち砕かれてしまった女性は、どうしようもくくだらない誌面に踊らされることなく、真を持ってひたすらリベンジしカムバックされるべきでもある。自分以外の人間を信用できない心をトラウマに感じていると思うが、自分を常に信じ見返して大きくなって戻ってきて欲しいものだ。


、、、、、。それと、この被害者たる若い女の子が信じえなければならない監督する側の男もえてして、自分の事を棚にあげ、エラそうにふんぞりかえっているべきではないはずだ。この男は、以前、自分がプロデュースしていたあるグループの子に手を出したという前歴がある事だ。(結局、結婚したが)

そのような男があれやこれやと偉そうに指示を出すべきでもないと思われる。いったい自分は、大人として反省しているのだろうか?これを踏まえて、監視する側として、今一度、自分の立場も振り返っていただきたい。


諸々、思う事はあるが人を誹謗中傷するという事は立派な犯罪である。トータル的に世のボーダーラインを考え行動するべきであると痛感したことも事実であってほしい。自分も含め普通の事をより深く考え行動すべきでもある。