ともから産まれた桃太郎 -10ページ目

結婚式

今回の目的である結婚式に出席してきました。


新郎の弟の挨拶が感動的で、良い披露宴でした。

いやー、とにかく高校時代のチームメイトに会って思い出話するのが楽しいニコニコ

あの3年間はとにかく理不尽なことだらけできついことも沢山あったけど、思い出があり過ぎる。
辛かったことや苦しかったことも全て爆笑できる話になってる。
笑い疲れた[みんな:01]

二次会は少し顔出して新郎に挨拶。

その後、中学の友達と小一時間お茶してただいま帰りの電車。

早くともさんとももさんに会いたくなってきました。


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帰宅

運ちゃんとの会話も盛り上がったところで、実家に到着。

懐かしい部屋。
天井を見上げると中学時代に貼った紙が。
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黄ばんでますが、努力やら目指せ!!甲子園!!やら日本一のピッチャーになるぞ‼やら書いてます。

ちなみに努力の字は小さい努力を沢山書いて、努力という字を作ってます。

そんなことしてる暇あったら素振りの10本ぐらいしとけと当時のぼくにいってやりたいです[みんな:01]

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猪苗代

ようやく猪苗代に着きました。
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雪積もってまんがな
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しかし、寒い[みんな:01]

駅まで親が迎えに来ているかと思いきや、親からはまさかのタクシーで帰ってこい発言[みんな:02]

お小遣い制のぼくには痛い1400円の出費。

タクシーの運ちゃんとの会話。
運ちゃん「猪苗代は初めてですか?」
ぼく「いや、実家が猪苗代です」
運ちゃん「そうですか。。。」

チーン[みんな:03]

車内が静まり返ったので、景気の話に。
猪苗代もご多聞に漏れず観光客が減っているとのこと。
団体客が8割程度減らしい。
千円札効果もむなしく野口英世記念館も6割減。
修学旅行生が全然来ないらしい。

猪苗代やばい。

東北が本当に厳しくなるのはまだまだこれからかもしれません。


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郡山

マーックス‼やまびこに乗って郡山に到着。

郡山は高校時代を過ごした思い出いっぱいの街です。

当時のぼくの郡山のイメージは「人が多い[みんな:01]」でした。
例えるなら渋谷のスクランブル交差点。

しかし、上京後に帰省してみると、あまりの人の少なさに愕然としたものでした。

こんな感じ。
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人が少ない[みんな:02]

ちなみに2枚目の写真の右上の白いビルには当時マルイが入っていて、ぼくのオシャレ服はマルイ恒例のスパークリングセールで買い揃えたものでした。

懐かしい。。。

これから、あいづライナーに乗って猪苗代に向かいます。

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ちなみに電車からの景色。

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ここから全く関係ない話ですが、このAmebaのアプリは動作や仕様がだめすぎる。

機能ばっかり意識して、安定性がなおざりになっている。


と書いてる間に猪苗代に着きました。

帰省

帰省の語源は唐の詩人が書いた漢詩で「故郷に帰って親の安否を気遣う」が本来の意味です。

ただ、今回の目的は別にあり、高校時代の野球部兼中学時代の野球部チームメイト結婚式のため、放射能の街福島に帰省です。

と言っても、ぼくの実家は会津地方にある猪苗代なので放射能はそれほどでもありません。
首都圏のホットスポットの方が危ないぐらいです。

ちなみにこの結婚式は本来5月の予定でしたが、3月の東日本大震災の影響で延期となっていました。

さて、帰省の交通手段ですが、久々の新幹線です。

と言うわけで、新幹線をいくつか撮ってみました。

まずは、とき
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続いて、たにがわ
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出ました、はやて
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そして、ぼくが乗るMAX(マーックス‼)やまびこ
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これだけ新幹線の写真を貼れば、皆さんもお気づきでしょう。

そうです、ぼくは鉄道オタクです。

嘘ですにひひ

暇だから撮りました。

と言うわけで、福島に向けて出発です!

書き忘れるところでしたが、ともさんとももさんはお留守番。

マーックス‼やまびこ車中からの投稿

何でこんなに可愛いのかよ~音譜
孫と言う名の宝物音譜

この歌は一昔前に流行った大泉逸郎の孫です。

何故この歌かと言うと、ともさんがももさんを見ながらよく歌うからです。

孫じゃないし、古いしですが、歌いたくなる気持ちは分かります[みんな:01]

何でこんなに可愛いのかよ~音譜
ももと言う名の宝物音譜

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腹ヘリヘリ腹

ももさんが昼食をあまり食べないため、お腹を減らせるため近所の公園へ。

ちなみにともさんは結婚式のため2人でお留守番。

今日も手を繋いで歩きます。
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ちなみにこの帽子は桃をイメージしており、バァバが作ってくれたものです[みんな:01]

一人で歩かせようと手を離すとこの通り。
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座ってしまいます[みんな:02]

その後、恒例の棒遊び
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そして、再び手を繋いで散歩あし
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(帽子は自ら脱いでしまいました)

帰宅後、再度昼食をとりました[みんな:03]

そして、うんちもしました[みんな:04]


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ペアルック

家で歩行練習中のももさん。
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両手を繋いで一緒に歩いてあげないとまだ嫌がって泣いてしまいます。

この通り。
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号泣です[みんな:01]

ていうか、この2人上はピンク、下はボーダーの服を着ています。
ペアルック[みんな:02]

ちなみにともさんは自覚なく、保育園に2人揃って同じような服装で行き、ペアルックであることを指摘されたことがあります。

原因ははっきりしています。
ともさんの趣味で服を選ぶからです[みんな:03]

親子が似てくるのは止むを得ないですねニコニコ



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睡眠の秋

今日の夕飯である味噌煮込みうどんの具材を買うため、散歩を兼ねてももさんと買い物に出発です。


抱っこしてもらって、ももさんもご機嫌です。

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昨日の雨が嘘のようにポカポカ晴天です。
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ももさんも、あまりの気持ち良さに熟睡してしまいました。
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無事に帰宅し、ももさんをそのまま寝かせようとしましたが、案の定だっこからおろした途端に起きてしまいました[みんな:01]

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ストロングマザー

先程の相談の記事を書いていて、ふと思ったのですが母親ってすごいですね。

ともさん見てて思います。
どんなに仕事で疲れていても、ももさんをしっかり受け止めて育てています。
その点、父親は少し身勝手な所もあります[みんな:01]

私の上の姉も頼りない泣き虫という印象でしたが(こんなこと言ったら怒られるかな?)、母親になって強くなったと素直に思います。

と言うわけで、たまには自分の母親のことでも書いてみます。

ぼくも母の愛を感じたことはいくつかありますが、強く印象に残っている一つを紹介したいと思います。

ちなみに、ぼくの母はテキパキして気の強い中々面白いタイプです。
そんな母をよく表すエピソードを一つ。子どもの頃、母方兄弟の集まりで景品をかけて黒ひげ危機一発をやりました。
その時、母の妹たちは(ぼくのおばさん達ですね)恐る恐る剣を刺していたのですが、母は怖がる素振りも見せずサクサク刺してました。
子供心に頼もしく感じたものです。

話がそれましたが、強く印象に残っている一つはぼくが大学受験の時の話です。

野球少年だったぼくは推薦で大学入試をすることになりました。
その時、自己アピール資料が必要であり自分が載った新聞記事などがアピールとして良いとのことでした。

しかし、そんなの自分でとっている訳ありません。
ほとほと困り果てダメ元で母に相談した所、なんと母はぼくが載っていた全ての記事を保管していました。
そこにはぼくが見たこともない記事や本当に小さい記事も全てあったのです。
あの時は心から驚き、感激しました。
とても心に残っている出来事です。

ちなみに、ぼくは野球を道半ば辞めています。
後悔がないかと言えば、それは嘘になります。
しかし、色んなことがそこにはあったにせよ、決断したのは自分なので止むを得ません。

ただ、一つだけやり残してもう実現出来ないことがあります。
それは、母を甲子園に連れていけなかったことです。

ぼくは高校二年の時に甲子園に出場しましたが、その時は両親が宿泊業のため既にお客様の予約が入っていました。
結果、父と姉だけは甲子園に応援にくることができ、母は甲子園に行けませんでした。

そして、高校三年の夏。
両親は甲子園に合わせて仕事を休みにしていました。
しかし、ぼくはその年調子を崩し、決勝戦で逆転サヨナラ負け。
甲子園出場を逃しました。

母を甲子園に連れていけなかったことが、野球人生での最大の後悔です。

いつか息子が出来て、息子に押し付けることはしませんが、もし野球をやり、運良く甲子園に出場出来たらなんて考えてしまうこともあります。

万が一そんなことが実現したら、ぼくが子どもの頃から長年出場することを夢見て、そしてプレーした場所を母に見せてあげることが出来たら最高ですね。

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