こんばんわ~ブログに来てくださり、ありがとうございます。
今日は、あまり話さない毒父の思い出を話したいと思います。
私の実父である毒父は、私が中学一年生の夏に亡くなりました。
私は当時12歳。
父は、肝臓がんでした。
2度オペし、大きな傷がお腹に残っていました。
2度目、がん細胞を見つけた時、オペしましたが、
その後、転移してしまい、オペ後2年ほどで亡くなりました。
毒父は、家族の中で私だけを嫌っていました。
なぜかは分かりませんが、
母に言わせると「同族嫌悪」だったんじゃないか、と。
私自身、父に似ていると言われると
すごく嫌な気分になるのですが、
性格的に似ているらしいです。
キレやすい性格。
今ではそうでもないと自分では思いますが、
小さい頃はキレやすかったらしいです(母談)。
私が小学3年生の頃、家を建て直し新築になりました。
私は、初めて自分の部屋が持てたので、すごく嬉しかったです。
父は、その部屋にステレオを設置しようとしてくれました。
壁にスピーカーを設置するための釘を刺そうとした時、
ずっとそこにスピーカーを置いておくわけでもないし、
新築だし壁に穴が開くのが嫌で
「釘を刺すのはやめようよ」と言いましたが、
父は聞かず、勝手に釘を打ち込みました。
そして、壁に設置したスピーカーを私に自慢げに見せました。
最初から反対していたのに部屋に設置されたスピーカー。
私が嫌そうな顔をしたのが気に食わなかった父は、
突然スピーカーを取り外し、外に持ち出して、
持っていた金づちでスピーカーをガンガン打ちつけて、
壊してしまいました。
せっかく取り付けたスピーカーに
良い顔しなかった私も悪かったと思いますが、
私がそんな態度をとったとしても、
自分で金づちでスピーカー壊す、って...。
キレやすい性格ですね。
それから、4年ほどは私の部屋にステレオはありませんでした。
中学生になって、母と兄が私の誕生日にCDステレオを買ってくれるまで。
父はいつキレるか分からなかったので、
いつもビクビクしていました。
多くの思い出は、おそらく私の中で
「思い出したくない記憶」として残っていたので、
今ではほとんど記憶にありません。
それでもこの「スピーカー事件」は今でも鮮明に覚えています。
そして、この話を昨日、母にしたところ、全く知らなかった様子。
母いわく「お父さんは、私(母)の知らないところで、
あなたにそんなことやってたんだね。
隠れてそういうことしてたんだよ」と。
私が父に嫌われ、きつい態度を取られてきたのを
知ってるはずだし、たまにかばってもしてくれてた母。
んんーーー納得できない。
父の性格上、隠れて私に虐待するとかないよな。
キレやすい性格だったもんな。