私にとって本意とは何なのか。
それは店と会社が成長する、
それはすなわち人間が成長すること、
そしてお客様、従業員の全ての人が
有意義かつ楽しんで過ごすこと。
もちろん自分が含まれる。
ただ、私はこう見えて21才だが、
ブログの文章を読んでる人は感じていると思うが、
かなりの生意気だ。
それが時に誤解を生むことも、時にどころか多々ある。
で、最近の社員の動きに関しても、
同様のことが言える。
ちゃんとつじつまが合っているのに、伝わらない。
生きることは音楽と同じだと最近思った。
それぞれがパフォーマンスをする。
セッションしたり傾聴したり、一緒になって盛り上がったりする。
そしてそれらのパフォーマンスは存在をあらわにし、
パフォーマンスから出た破片、
アーティストで言えば曲になるかも知れないが、
それらは散らばってあらゆるところに残ったりする。
それらは全て心が感じることだと思う。
大切なのは目に見える確かなものだけではない、というそのものだと思う。
そして、
その人らしいベストパフォーマンスをすることこそが
生きる、ということだと思う。
万人受けを狙うもよし、
自分しか解らないことだとしてもそれを選ぶならそれもよし。
それを出来る限りのベストを全うするならば、
それは一人の人間として生きている何よりの証だと思う。
でもね。
じゃあ例えばバンドを組んでいたとしたら?
音楽性がちぐはぐって訳にはいかない。
オーケストラを組んでいたとしたら?
テンポや弦楽器の弓の方向がバラバラって訳にはいかない。
レコード会社と契約していたら?
それなりのノルマ以上のCDを売らなくてはいけない。
それはやるからには自分だけではない、
それらに対してもベストを尽くさなくてはいけないからだ。
協奏を選ぶ限りはね。
だから大変なこともあるけど、
一人ではとても出来ないような大きな力も生まれる。
ちゃんとみんなでやっていかなくちゃ。
競争じゃない。協奏してるんだから。
CDや雑誌の解説を読んで
曲やアーティストの解釈が変わることもあるだろう。
でも、それではあまり意味がない。
その曲自体に、既に存在が込められているのだから。