友達からのすすめでブログを始めてみた。
フェイスブックやミクシィなどで、たまにブログみたいに書くこともあった。しかし、現実での知り合いがあまりに増えすぎて、書きたいことも書けなくなってきた。結局、無難な内容しか題材にできなくなってしまっている。また、詩人みたいとか文章が長くて面倒とか、リアル生活で賞賛や批判をもらうのも、何だか恥ずかしくて嫌だった。だから、アメブロを選んだ。良くも悪くも匿名に守られた世界だからである。
日々の何気ないことをとりとめもなく、週一くらいで気まぐれに書いていければ、と思っている。
今日は秋の空気感が、今年一強く感じられた。
なんでこうも秋の風は、切ない気持ちを運んでくるのだろうか。
開放的な夏が過ぎていってしまう胸の寂しさ故か。
街の木の葉が、もうじき紅く変わっていく景色を予感してしまう故か。
仕事をしながら色々と考え込んでしまった。
大好きだった女の子のことを思い出してしまった。もうかれこれ6年も前の話だ。
吹っ切れたつもりでも時間が巻き戻されたかのように、突然過去が浮かんでくる。きっと多くの人にあることだと思う。
当時は、その子のことが好きってことに自分で気付かなかった。
僕のせいで色々あって、合わせる顔がなくなってしまった。
しばらくして、何かの拍子にに僕は分かってしまった。
あんなに気の合う、話せる子はいなかったなと。好きだったなーと。
いつも楽しい気分でその子に会っていたわけではないと思う。時には少し悪い空気になったこともあっただろう。いや、きっとあったはずだ。人間、100パーセント気があうことはないはずだからだ。
でも、そんなこと全部消えてしまっている。自分の理想の女の子、完璧な女の子の像がそこにある。思い出は美化される。時の流れとは不思議なものだ。
一つだけ確かなことがある。それは、過ぎてしまった日はどう後悔しても、変えようがない事実であるということ。戻れないものであるということ。
ああすれば良かった、こうすれば良かったなんてのは、つまらないもので考えたところで何も生み出さないことは分かりきっている。それなのに何故人は、後悔の渦に溺れてしまうのだろう。悲しい性である。
しばらくうじうじ考えて…仕方ない、って開き直りのスイッチが入った。そして、希望を見つけようとした。まだ来ていない未来は当然未知、真っ白である。自分と運次第で何色にも変えていける。
あんなに気が合う子に会えるか分からない。でも、信じてみようと思った。
その可能性を探る道のりが自分を変えていく、良い方向に導く原動力に繋がるはずと自分に言い聞かせながら。
