昨日
図書館で
私のツレが欝になったという
欝病に関して
とてもわかりやすく
漫画で書いてある本を
借りてきた。

別にただ
なんとなく借りてきたのだけど…
読んでいるうちに
衝撃的な事実に気付いてしまった。

四年近く前
私は体も精神的にも
ぼろぼろだった。
病院に何件か
通ったが原因はよくわからなかったが
ある病院で医師に言われたヒトコトで
原因は判明。

ストレス性喘息と
軽い神経症ということだった。

結局、普通に生活できるようになるまで五ヵ月近くかかった。
その五ヵ月のうち、
寝たきりのような状態が二ヵ月近くあった。


本を読みながら
当時のことをふりかえってみると
私は欝に限りなく
近かったことに
四年たって初めて気付いた。

当時、
何件かまわった病院の中の一つに
たいした問診もせずに
いきなり抗欝の薬を処方され
反発して飲まずに
他の病院に行った。
私が次に行った病院は
私は軽い神経症だから
薬は必要がないと診断をした。
ココロが健康になれば、
喘息もよくなると思いますとも言ってくれた。
そして私はいま
日常生活に戻れた。。。ということは
欝ではなかったのだとは
思うけれど…

私はかなりグレーな部分に迷いこんでいたのだなぁ。

もしもあの時に
両親や兄弟達が
いなかったら

もしも
子供達がいなかったら

もしも
友人達がいなかったら

私は今、
こんなふうに生活していないだろう。


あらためて
自分が今まで
どれくらい恵まれていたのか
知った。



人間は
一人で生きているんじゃない。
かならず誰かと
関わりながら暮らしている。
一人でいるように思えても
かならず誰かが
自分のことを気に掛けてくれている
今、私はいつも
そう感じながら
毎日を過ごしている。

あの時
私は孤独な気持ちで一杯で
苦しかった。
そんな私が
大嫌いだった。

今は
ダイスキとまで
いかなくとも
昔の私よりは
いいかなと思っている


自分を変えることは難しい。
でも
自分を変えることができるのは
自分自身なのだ。
他人ではない。


そう気付いたときに
私は変わった。
他の人からすれば
そんなの当たり前
なのかもしれないけれど

それに気付けずに
苦しんでいる人も
意外と多い気がする。

私がこんなふうに
考えるきっかけは
あるホームページとの出会い。
図書館で偶然借りた本の
作者の方がホームページを開いているということを知り
ホームページを見に行ったことがきっかけだった。
現在は残念ながら
そのホームページは閉鎖されてしまったけれど…
管理人のかたが
書いていたコトバを
私は一生忘れない。


今から書くことは
その管理人さんの書かれていたコトバを
読み理解しようとして
自分なりに出した私の答えです
昔の私のように
迷い苦しんでいる人の
参考に少しでもなれたらと思い
書いてみました。

もちろんこれがすべてではありません




あなたが今もし
誰かにストレスを感じ
つらかったり
苦しかったとしたら
たぶん相手に変わってほしいとか
相手さえいなければ
自分は
シアワセになれるのだと
思ってしまうこともあるでしょう。

でも、
ストレスを感じる相手に
変わってほしいとか
相手が変わってくれさえすれば
何かが変わると
思っているうちは
物事は何も変わらない。
もちろん好転もしない。
そういう風に
相手に考えている行為こそが相手に依存している証拠。

本当に
今の状態を打破したいと
改善したいと
考えるなら

まず自分自身が変わらなくてはいけない。
相手が変わるのをまつのではなく
まずは自分自身が変わる努力をするのだ。

相手さえ変わってくれればという
コトバをまずは封印しよう。
並大抵のことではない。
なぜなら
自分の不幸を
相手のせいだと、
依存していた自分を

シアワセをつかむのは
自分の気持ち次第と
考え直す作業から
はじめなければ
ならないのだから。

そう簡単に
頭では理解していても
実行できないかもしれない。
でもね
今、あなたは
そのことに気付いた。
それで一歩まずは進んだ。

そして
それを実行しようとしている。
あなたは2歩目を踏み出した。


あなたは
もう前にむかって
自分の足で
確かに
歩きだしているんだよ。