【燈(ともしび)】


もしも世の中が暗いのなら。。


そして自分の心の闇にも心細くなるのなら。。



せめて自分の小さな燈芯に


小さな燈(あかり)を燈(とも)してみよう。。




自分は世の中を照らす大きな光になることは出来ないけれど


ぽっと光ったその燈(あかり)が


自分の心を明るく出来る!



そして自分の心を暖かく出来る!







クリスマスになると

「マッチ売りの少女」のお話を思い出す。。




あれは悲劇で哀しいお話やと思っていたけれど



多くの人々の心を熱くさせたお話。。




本当はマッチ売りの少女の最期は


決して不幸なんかではなかった!



境遇に騙されがちだけれど。。




自分の中の幸せは


誰からも侵されることは無い。。




そして自分の心の燈(ともしび)は


誰からも吹き消されることはない!!




けれど


その小さな燈(ともしび)は



見ている周りにも伝染力があるというもの。。




一つ一つは小さな光でも






ほら!


天高くから地球を見たら



キラキラ光る星に見える筈!!





だから

人が自分に燈してくれない!と思わずに



小さな小さな燈(ともしび)を



今日もちょっと燈すとしましょうかね。。。




小さなルルが

河原に座って

ずっとずっと


ままごとをしていた。。




はい。

パンパンどーぞ。

あ、こっちはバターですよぅ。。


あ、スープもありますからね。。


こっちの石はコッペパンで

そっちの石はフランスパン。


おいしいパンと思ったのは

たった一人ルルだけで


だあれもパンだと思わなかった。


人には石に見えたから。。



だから長いこと長いこと。。


何十年も何百年も


河原に座って一人きり


石のご飯でままごとを続けた。。


だあれもだあれも来ない

ルルの美味しいベーカリー。。




それでも長い間には

誰かがやってきて


ルルの差し出す石のパンやごちそうを


「それは石だから食べられないよ」
と、
教えてくれる人もあったり。。。




ルルにはそれが分からない。。



ドウシテ?

コレハ

ゴチソウヨ!


コンナニ

オイシイノニ。。。



そしてちょっとだけ悲しくなって


涙ぐんでみるけれど



またまた一人に慣れてきて



美味しいご馳走作ります。




は~い!

またまた焼き上がりました~!!





そうしてずっと長いこと


一人っきりで



パン屋さん。。




長い


長い


遥かな時間のその中で



一人っきりのご馳走作り。。。







けれども


ある満月の宵




一人の男がやってきて



ルルのご馳走眺めたならば


ルルにニッコリ微笑んだ。



ルルはそれに気がついて、



「これはただいま焼きたての


チーズのパンよ」と

差し出した。



男はそれが本物の


チーズのパンだと分かった。



石に見えたそのパンが


本物の美味しいご馳走だと分かった。



無邪気に差し出すそのパンを



「ありがとう。

美味しそうやね。」と言うと


喉をゴクリと鳴らしながら



大きな口をあんぐり開けて



ニッコリパクっと頬張った。




その途端!



そのパンは



本当に美味しい本物のパンになった!



男は少し驚いた。


それはあまりにも美味しかったから。。



それが本物にも石にも見えたのに


もはや


本物の温かいふんわりとした



とても美味しいパンだったから。。



男は手にしたパンをまじまじと見つめると


感触までもが本物だと分かった。



そしてちょっと一瞬だけ
石かもしれない、と思ったことを恥じたのだ。


だから少しはにかんで



ちょっと感激しながら


「やあ、こんなに美味しいパンを食べたのは

その、初めてなんだ。。」


そして


ルルを見つめながら



改めて


「美味しいね」と


言ったのだ。。




ルルは


自分だけしか



これが食べられる


美味しい


本物の

ご馳走だと


分からないものだと思っていたから、




びっくりして



そう!



びっくりして



涙が出てしまって。。



でも


「美味しいね」と言われたことが


嬉しくなって


泣きじゃくりながら


笑いながら


「そうなのよ!

ルルのご馳走、

美味しいでしょ!


ありがとう!」と言った。。






それからというもの



ルルのパンやご馳走は



誰の目からも



もはや石には見えなくなって



美味しいご馳走を作ることに


毎日一層励んだんだ。。



だって


「美味しいね」って

食べてくれる人があるから。。


だから嬉しくて



一層くるくる


拵えてんだ。。



この前一緒に買った目覚まし時計(100円)は
なんと驚きの十進法だったらしい。。(笑)


そ、そんな阿呆な??


と思うのは
今の日本の「常識」とか「教育」に洗脳されまくっている我々の
単眼的な感じ方で、

あるいは十二進法よりも
十進法の方が単純にさえ思えるのは
通貨の例を出すまでもない。。


けれど、通貨といえども
ごく最近の昔のイギリスでは
ポンドの下の単位に
12進法のシリングがあり、
十二進法の通貨でさえ
人々の単位であったのも事実。。

いや、そんな二十世紀の話なんて忘れたよ、
と言いなさるなら
仕方ないが。。



身近な所で12進法の単位では
1ダースがある。

けれどなんと言っても、
黄道十二宮を基にし、
3でも
4でも
6でも
9でも
10でも
割り切れる360°を
円の一周にしたのは
数学的にひどく便利であるには
異論あるまい。。


占星術、占星学と言えば
エジプトやマヤやインドも有名だが、
中華思想を抱き
中国語四千年の歴史の
骨格の一つでもある
「十二支十干」の考えも
なるほど深いものがある。。


ワタクシもあまり詳しくないのに
こんな事を語るのは甚だ恐縮ではあるのだが、

まず五行というエレメントがあり、
そして方位に四方八方!
そして子、丑、寅、から始まる十二支があり、
甲、乙、丙、丁、戊、己、庚、辛、壬、癸が十干。
この十干は更に兄と弟があるから、
この二十と十二支の組み合わせで、
六十年が1サイクルとなる。。


それぞれのサインには
それぞれの属するエレメントや性質を持ち、
これは東西南北から四季にも当て嵌めてられるのだが、
十進法の場合、
方位の八方に当て嵌めれば、
どうしても「2」余るのだ。


これが違和ゆる「空亡」で、
力が弱まる、
もしくは「浮いている」
又は「何物にも属さない状態」


人間「未知」「分からない」「予測不可能」「摩訶不思議」なものには
単純に恐れがある。


方位での「空亡」は
所謂「鬼門」「裏鬼門」とされ、
今迄二千年以上
封印して近寄らないようにしたのだ。


更に、近年の占い等では
「大殺界」や「天中殺」などと呼ばれて
必要以上に人々を脅かし儲けたのではないだろうか。。
占いは詳しくないが。。。


日本でも明治になるまでは
一時、二時(いっとき、にとき)や
子の刻、丑の刻と数えたし、
太陰暦であったから28日周期の月齢と
十干、十二支の60進法で
日を立て市を立て暮らしいたわけなのだろう。。


するとどうしても
十進法の余り「空亡」が出て来てしまう訳だ。


西洋占星術のエレメントは4つ!
対して
五行思想のエレメントは5つ!




ワタクシ自身の話に戻すと、
どんな占いを見ても「空亡」がめちゃくちゃ多い(笑)

つまり嵌るべき枠が元々ないのだ。
悲しいかな。。



けれど「枠に属さねばならない」と思うから
「悲しい」訳で

十干十二子にしても
60の役が全て揃ってこそ
一つのサイクル=ワールドを成す!と考えれば

その「Fool」の居ることの
なんと豊かで喜ばしく
目出度いことではないだろうか!??



人間は
どこかに所属したい欲求も強いけれど、
雁字搦めればまた
不安定になり
雨雲集まりて落雷放電となる。。


緊張と弛緩が共になけりゃ
弓さえも放たれない!


どちらが良い!ではなく

共に尊重しあってこそ


仕事=workとなるのではないだろうか。。