「紫の牛」を売れ!/セス・ゴーディン 門田美鈴(訳) ダイヤモンド社


本書のタイトルになっている「紫の牛」とは、既存の商品とは違った非凡で常識破りな新商品のことを指している。市場が飽和し、ほぼすべてのものが手に入る時代になった中でこれまでと同じ凡庸な商品を販売することは常に失敗につながることを本書では述べている。


その上で、これまでマーケティングの基本であったコマーシャルによる宣伝を不用として、そういったことに費用をつぎ込むのであれば非凡な商品を開発するために商品開発に費用をつぎ込むべきであると述べている。


根拠としてムーアのアイデア普及曲線(下図)を上げている。


従来のマーケティングの手法は曲線の面積が最も大きくなる、上アーリーマジョリティとレイターマジョリティをターゲットに行ってきたが、この層をターゲットにする方法が時代遅れになっていると指摘している。

なぜなら、この層の人たちはすでに、全ての商品を手に入れることができるし、今使っている商品を切り替えてまで、新商品を使おうとは思っていない。そして、この人たちは常に多くの宣伝にさらされており、こちらの売り込みの言葉に耳を傾けないからである。


しかし、こうした一般消費者は成功者に同調する傾向があり、特に口コミをベースにイノベータとアーリーアドプター(本書ではスヌーザーと呼んでいる。)の導入した商品を購入するところに特徴がある。


そのため、本書では一般消費者のいる大市場でなく、スニーザーのいるニッチ市場を狙うべきであると述べており、新商品には、一般受けを狙った平凡な商品ではなく、スヌーザーをひきつける非凡さと、彼らがその商品を広めようとする魅力が必要であるとしている。


なお、巻末には、自社の開発商品が、スヌーザーをひきつける「紫の牛」度チェックリストが載せられている。



自己評価 ☆☆★★★


既存のマーケティングが機能しくなっている中で、膨大な広告宣伝費を研究開発費に振り返るという主張はわかりやすく、またスヌーザーをひきつける魅力を商品に持たせることが成功の秘訣であるという主張もシンプルであるがわかりやすい。


しかしながら、この手の書籍でいつも感じるのは、現場で問題になるのは、そういった商品をどうやってヒットに結び付けていくかであり、本書ではこの点については明確な答えやヒントになる記述はない。


結局、売れるかどうかは、新商品を開発するイノベーターと、それを見出すディレクターと、信念を持って販売するセールスの3者を組織としてうまく束ねられるか、ということになるのであれば、本書はその問題を解決できておらず、物足りなく感じてしまうのが正直なところです。



「日本」の国号がいつ決まったか?

学校で習う機会がないので、あまりと知られていないのですが、飛鳥浄御原令(689年)が文献上の初出です。天皇号もそれと同時期に成立しています。それ以前には日本は存在していなかったし、日本人はいなかったというのが本書の主張です。


では、日本と倭国の違いとは何か? その前に下の図を見てください。


図1 日本地図

日本地図を上下逆さにしたものですが、これを見ると日本海が巨大な内海であるということがわかります。


日本の国土の範囲は時代によって変わりますが、決して極東の島国といった国ではなく、海外から人や文化が入ってきやすい国であったことが想像できます。この傾向は江戸時代までを通しての日本の特徴で、この点を見過ごしてしまうと、日本の姿を見誤ってしまうと本書では述べられています。


つまり、日本は色々な文化や風習が交じり合っている国で、画一的に日本を定義することは無理があるということです。例えば関東人と関西人の違いというのは今でもよく話のテーマになりますが、民俗学的にみても異なる文化が存在しているということが例示されています。


1つ目のポイント・・・「日本は民族や文化が複雑に入り混じっている」


では、その原因はどこにあるのか?

本書ではその原因として、縄文時代~弥生時代の間に起きた日本の変化に注目しています。

もともと日本列島にはツングース系の民族(縄文人)が住んでいました。縄文人は狩猟採集民族であると言われてますが、青森県の三内丸山遺跡の出土品を見ると新潟県の黒曜石が出土したり長野県姫川の翡翠が出土したりと、広範囲な交易ネットワークをもった人たちであったことがわかります。


2つ目のポイント・・・「日本人は広範囲な交易ネットワークを持っていた。」


紀元前3世紀に朝鮮半島から朝鮮系の民族(弥生人)がやってきます。弥生人は縄文人を東西に追いやる形で勢力を拡大していき、北は多賀城、南は大宰府を設置、東北地方から南九州までを傘下に入れます。


では、弥生人の勢力拡大の中で縄文人の交易ネットワークは失われてしまったのか?

日本が農耕民族であるというイメージをもっていると誤解してしまいますが、ネットワークは残っており、それが西では倭寇(朝鮮半島との交易ルート)、東では俘囚(シベリアとの交易ルート)に受け継がれ、独自の文化的・経済的バックボーンとなっていたというのが本書の主張です。


3つ目のポイント・・・「日本人は稲作を中心にした農耕民族ではない。」


稲作を中心に見ると、稲作に適さない地域は未開の地で貧しいとなってしまいますが、そこでは稲作以外の産業が発達していて当然であるということを見落としがちです。


その原因となったのが、班田収受法(6歳以上の男子全員に口分田を支給する。)としています。

班田制の建前上、漁撈や狩猟を行っていた人も農民として取り込んでいったことが、日本人=農耕民族であるというイメージを定着させる原因となったとしています。この傾向は豊臣政権での兵農分離、江戸時代の石高制(米の生産量で物の価値を図る方法)の採用を通して明治時代の壬申戸籍まで受け継がれていきます。


では、農耕を行わずに独自の文化的バックボーンをもった人たちはどうなったのでしょうか?

平たく言うと日本からの独立を考えます。

西では藤原純友の乱や平清盛の福原遷都、東では平将門の乱、前九年、後三年の役から鎌倉幕府の成立といった平安時代末期の動乱は、農業以外の価値観を持つ人たちの、日本(平安京を中心とした政治圏)からの独立運動と捉えることができるのです。実際に関東は鎌倉幕府という独自の政治機構として独立してしまいます。


平安京のアンチテーゼとしての鎌倉幕府の気風は江戸幕府に引き継がれ、これが関西と関東の気風や文化の違いとして、今も根付いているとしています。


日本と倭国の違いとは何か?

本書では、日本とは単に、唐から見て東にある国という意味をあらわし、対外的に日本列島の場所を示す用語としての意味しかなく、日本人とは日本列島に住んでいて日本の施政下に属する人としての意味しかないとしています。むしろ日本という言葉のもっているステレオタイプ的なイメージ(単一民族国家、極東の島国、稲作を中心とした農耕民族)の弊害を述べています。




自己評価:☆☆☆☆★


本書に述べられている、「飛鳥浄御原令以前には日本は存在せず従って日本人は存在しない。」そして「日本人とは日本国の施政下にある人のことを指している。」という考え方は少し割り切りすぎているように感じられ受け入れられない考え方である。日本がいつから始まり、日本人がいつから現れるかは別として、本書で論証されている縄文人の足跡とそれが日本の歴史に与えた影響についてはとても興味深かった。


これまで学校で習った歴史を振り返ると、私は日本史に2つの断絶を感じていた。1つが先史時代~大和時代、2つ目が江戸時代~近現代である。本書が興味深いのは、私の感じていた1つ目の断絶を埋める内容になっているからである。


縄文、弥生と土器や遺跡の名前は覚えるけど、結局それが後の日本にどういった影響を与えたのかは不明という部分を補ってくれたのである。歴史をひとつの流れとして捉えると、縄文時代といえど後の日本に影響を及ぼしていたことを理解できただけでも本書を読む価値はあったと思う。