カナディアンの彼☆
名前はクリス。彼自身はカナダ生まれですが、彼の親はエクアドル出身のラティーノです。
エクアドルってどこだっけ~??って思った方!(笑)
エクアドルはサウスアメリカ、赤道直下の国です。進化論で有名なガラパゴス諸島が属する国ですよ。
彼はスペイン語と英語をきれいに使い分けます。
どうやら私はバイリンガルに弱いみたいです、、、笑。
彼の影響でレゲトンファンにもなりました。日本でも、というか世界中で大ヒット!のレゲトンです。
といってもダディー・ヤンキーしか知らない・・・笑。
もちろん、彼はあのヒット曲、ガソリーナを歌えるわけですよ!!なんか物凄くクールにみえてしまう!!(ミーハーです。笑)
っていうか、日本人以外の人と付き合うだけでもビッグニュースなのに、ラテンの文化を背景に持つ人なんて、自分でも、もうおなかいっぱいーい!!って感じ。
しかも不思議なくらいに気が合う。日本人の男の子以上かもしれないです、、、。
彼曰く、私が普通の日本人とちょっと違うらしいです。
どのように違うかというと、
・感情をはっきり出してぶつけてくるところ(苦笑)
確かに、日本にいたころから周りのみんなより激しい?というか情熱的?な部分をたくさん持っていて、しかもそれを表に出す事になんの抵抗もなかった気がします。
多くの日本人はあまり見せたがらないけど。。。
わたしは、むしろ見せたいの!表現したいの!!っていうタイプ。他人は気にしない(笑)
感情の豊かな女の人ってわたしから言わせたら、他のどんなタイプより魅力的。
風とともに去りぬ、のスカーレットみたいな。(違うか?)
大好きだった人に振られて、小田急線の電車のドア横にしゃがみこんで号泣した日もありました(笑)
まーね。。。今考えると笑っちゃうけど、当時は真剣だったわけです。
ジャパニーズガイからしたらそんなのって怖い(苦笑)??
でも、クリスの感情表現はわたし以上です。うわてです。完敗ですね。
クリスはガンダムおたくで、お気に入りの曲がガンダムの愛戦士ってやつなんですが(笑)今まで付き合った女の子はそれを嫌がったそうです。
わたしからしたら個人の自由だし、ちょっと面白くて、気に入ってはいないけど、好きなら好きっていっちゃえよっ!って気分なんです(笑)だから、
「愛戦士」わたしも好きだよ~だってクリスのお気に入りでしょ??
ってなことをかるーく言ったら、な、なんとクリスの目がうるうるしてきててもうびっくりでした。(ただの泣き虫さんかも??)
でも、本当に簡単なことで感動します。それってすごい素敵だと思う。
あー、でもこれ言ったらまたクリちゃん、泣いちゃうかもな、笑。
みなさん、お久しぶりです、、
最近?というか八月九月は引越しやらバイトやらいろいろありすぎて時間がなかったんです。。。
知る人ぞ知る、今あたしはトロントにいます。
バイトもしてます。
当初の予定とは激しく異なる、dollar shopで働いてます。
将来、もうエステティシャンしか考えられなくて、それなら逆に、今そっち系の仕事する必要もないかな。。。って考えたんです。
英語はやっぱりきついけどいまのところいい感じです。
日本人のほとんど来ないお店で、オーナーもスリランカ人で、ルームシェアの相手もコリアンだし、ほとんど日本語を使わない毎日です。
これがしたかったんだよね。
これからは定期的にまたちゃんと書こうと思ってますので、よろしくお願いしますね☆
RAINBOW
今日はとうとう行ってきましたよー!!!
ゲイ・パレード!!!
実は、このイベント、あたしがカナダに行く!と決めたその日から、ずっと楽しみにしていたもの!!
年に一回だけの、貴重な、イベントなので、前日から下見したりなんだり、、、。
なんなんだ、この熱の入れ様!!
同性愛に対して、世界的にみたら大幅に遅れを取っている日本で育ったあたしとしては、ゲイのひとたちが大手を振って、思いっきり仮装して、自分たちの権利を声高に主張する、というだけで、なんだか興奮してしまうんです。
まさに、カルチャーショック。
イイとかワルイとかじゃなくて、単なる好奇心。
前から気づいていた事ですが、ゲイのひとはハンサムなひとが多い。
パレードの中にはモデルみたいにHOTなひとがいっぱい居て、なんだかすごく残念!!
歩きながら、アイスキャンディーとかリストバンドとか配ってくれるんだけど、気のせいか、あたしの友達(男)のほうがいっぱい貰ってる(笑)。
パレード待機中の、お姫様みたいな格好をしたゲイのおじさんに
「写真一緒に撮ってくださーい!!」
って頼んだときも、あたしが友達に、撮って!ってカメラを渡したら、
「彼、あなたのボーイフレンド??」
だって。、、、きゃーっ!!狙ってるー☆!?
おもしろそうだから、
「NO!! WE ARE JUST FRIENDS!!!」
って全力で否定しておきました(笑)
案の定、、彼は一緒に写真撮ってもらおうとして、ほお擦りされちゃった。ププ(笑)
「JUST FRIENDSならいいでしょーーー??」だって☆
日本人はゲイにもモテるようです☆
別の男の子はあたしがキャンディー貰っている間に、な、なんとローション(!)渡されてて。
「お前、誘われたんだって、それー!!」
「今晩使いなよ!!」 ってもう大騒ぎ、笑。
ローションには
PROTECT OUR MEMBERS!!の文字。
いや、真面目な問題なんだけどなんだかその大っぴらさが眩しくて。
好きだなあ、カナダ・・・
ってなんだか一瞬感慨にふける(?)
でも、ゲイだろうがレズビアンだろうが愛し合ってるって素敵だな、って思います。
こちらに居る日本人は意外と圧倒されてしまうのか、同性愛に対して、温かい見方をしているひとが多い気がしますが、カナディアンの中には毛嫌いしているひともいました。
あたしは、あまり詳しくないので定かではないけれど、やはり宗教上、受け入れられない、というひとが多いのでしょうか。
以前、日系のフリーペーパーにバンクーバー在住の日本人ゲイのみなさんによる座談会の様子が載っていました。
その中で最も興味深かったトピックを紹介!!
恋愛はつかず、離れず?
・ゲイには結婚というゴールがなかった。付き合っていても、家庭を作るわけではないから、それなら距離を置いて付き合おうということになっていた。
・ゲイの場合はストレートのカップルのように片方が経済的に頼ることがないから別れても経済的、社会的に困ることがない。だから意外とあっさり別れることができる。
・ゲイは自分に正直で、ダメだと思ったらすぐに別れる。
これらの言葉がなんだかひどく、あたしの胸を打ちました。
よくよく考えたらすべて当たり前のこと。なのに盲点だったー、みたいな気がしたんです。
特に3個目のやつ。これは耳が痛いっていうストレートのカップルも多いんじゃないかな。
煮え切らない相手とちんたら付き合うってストレートの世界ではよくあること。
あたしくらいの、まだそこまで結婚とか意識する必要のない世代のカップルでさえ、こうゆう悩みは共通している。
あたしは女性なので、女性の見解しか述べることはできないのですが、やっぱり頭のどこかで常に「結婚」「女性は男性に属すもの」という意識があるんですよね。(違うかな?)
あたしは若い世代の中でも特に古い感覚を持っているとは思いますが、あたしの友達とかもやっぱり、相手の将来的な経済力とか気にしていると思うんです。
でも。それってなんか違う気がしました。
女性は今日、男性と同等の権利を主張しながらも、心のどこかで頼りたいとか、頼っても許される(だって女の子だもーん☆)とか思っている気がする、、、。
要するに甘え!ってやつですね。
ゲイにはそれがない。当たり前。
どちらも男のひとなんだから。
だから、スパッと決めてしまう。なんだかすっごくかっこいいと思いませんか?
女性も、男女平等がどうとか男性と張り合うとかじゃなくて、自由でいるために、自分に素直でいるために、自分の足で立つ力を身につけなくてはいけませんよね。
でも、かっこいいと思ったと同時にゲイってもしかしたらものすごく孤独で切ないものかも・・って思いました。(だから、かっこいいのか??)
結婚というゴールがない。夢をみることもできない。
これって例えば、今あたしが突きつけられたら間違いなく気が狂います、笑。
いや、それは言い過ぎか?
でも、それに近い。大泣きして喚いて、焦って寂しくて。。。
だって一生独りなんだよ!!独りで死ぬんだよ!!
あたしはとくに結婚に、とっても奇麗な大きな憧れを抱いているのです。
それなのに、可能性がゼロになってしまったら、どうしたらいいのでしょう・・・
ゲイのひとたちみたくはじけられるのかな?
それともはじけずにはいられないのかな?
謎だ、、、だから、とりあえず、ゲイってすごい。。
UNCONDITIONAL☆LOVE
トロントに引っ越す準備をしています。
次に暮らす家も決めたし、今は何もすることがない。。ヒマ。。
もうすぐ姉が遊びにくるので、尚更何も始められない。。
海外での暇な時間って恐ろしいっっつ!!
今度住むのはトロントダウンタウンからは少し離れたところ、リッチモンドヒルというところ。
昨日新聞読んでいたら、その、リッチモンドヒルのシェラトンホテルで、Ammaと親しまれているインド人のおばさんによるセレモニーの記事が載っていた。
彼女はすごい力の持ち主なんだ。
何をするかといったら「抱きしめる」だけ。
でも、彼女に抱きしめられたひとは「UNCONDITIONAL LOVE」(無条件の愛ね☆)というやつを体感できるらしい。。。
うーん。。惹かれる。
そもそも無条件の愛ってどんなのなんだろう??
見返りを期待せずして大きな愛で包み込むこと?
でも、そんな簡単な定義で収まってしまうものなら、あたしだって、人数は少ないながらにあげてるぞっつ、無条件の愛ってやつ。大きいかどうかは謎だけれど。。。
家族とか、親友と認識している友人とか。。(おこがましい??)
結果的にgive&takeの関係に収まってしまっているのかもしれないけれど、例え返ってくるものが無くったって彼らを愛する自信はあるのだけど。
でも、Ammaは、見知らぬ、その日会ったばかりのひとにあげるんだ、愛を。
それはあたしは到底できない。
Ammaに抱きしめてもらうために、2000人ものひとがこの日、集まったらしい。
数時間にものぼる列に並んで。
Ammaの何がそうさせるんだろう。
何故あたしがこんな地方の、ちょっぴりカルト的な話題に触れたかというと、あたしが激しくリスぺクトする、作家の田口ランディさんがどっかの本でAmmaについて触れていたことを思い出したからです。
その本読んだばかりの時はさほど関心がなかったので、タイトルも忘れてしまったし、Ammaという名前すら忘れてしまっていた。
抱きしめるだけで、愛をあげよう、なんてあまりにカルトじみてる!!と思ったのを憶えています。
でも、確か、Ammaに一度抱きしめられたら泣き出してしまうひともいるらしいのです。
ガタイがよくていかつい男のひとですら、子どものように泣いてしまうらしい。
そんな噂を聞いてしまうと体験してみたくなるでしょう?
おまけに今度引っ越す予定の土地で開かれたとなるとニアミス!!って感じでなんか悔しい。
あたしが知りたいのは、何故みんなが涙するんだろう?ってこと。
Ammaに抱きしめてもらいたい、という人たちは愛に飢えているひとなのかな?
日常がカスカスしてて、どこまでいっても空虚で希望が持てない、とか?
最後の手段、神懸かり的な感覚でAmmaのもとにくるのかな?
なんとなく、それは違うんじゃないかって思った。
あたしがリッチモンドヒルに既に住んでたら絶対参加してたもの。
好奇心90パーセントってとこかな。話のネタにもなるし!って感じ。
きっとそんな風にして集まったひとがほとんどだと思う。
家族も友達も持っていて、帰る家があって、行かなきゃならない仕事があって、ほっと一息つく休日があって。
嬉しいことも悲しいことも代わりばんこに訪れる日常。
でも、その揺れ幅はこころを壊すほどではなくて。
そんな、ごくごく普通のひとたちがAmmaに抱きしめられて涙する。
どんな感覚に襲われるのだろう。
人間て切ない生き物だ。
まわりのひとにどれだけ愛を貰っていても、どっかで寂しかったり、不安だったり。
そして、どこかで深く傷ついていても、こころに鎧を着て、笑い飛ばしたり、気丈に振る舞ったりしてしまう。
そうしないと戦っていけないもの。こどもの時は泣けばお母さんが慰めてくれた。
どうしたの、って優しく尋ねてもらえた。
おとなになったらそうはいかない。
鎧を着なければ、負けてしまう。生きるために必要なバランスってやつだ。
Ammaの抱擁はその瞬間、鎧を取り去ってしまうのかもしれない。
やっぱ、それは、ただの愛、じゃない。
慈愛って言った方がまだ近いかもしれない。
あたしもその感覚を体感してみたかった。
自分の中で必死に均衡を保っているバランスが崩れる瞬間。
今はあまりにも自分の、自分に対するSOSに鈍感になってる。
いつでも、まだいける、まだいける、って追い込んでしまう。
でも。
あ、自分ってこんなに弱かったんだ、脆かったんだ、って知るのって絶対悪くない。
卒業。
学校が終わりました!
3ヶ月行くと決めて、始めの2ヶ月は地獄を体験し、ラストの1ヶ月は楽勝だった学校。
達成感はもちろんあるものの、英語が飛躍的に伸びたか?というとそうでもない。。。
まだ全然話せないしいー。。。英語がすでに体に染み付いているひとたちは、焦りすぎ!!って言います。
まあ、よくよく考えたら3ヶ月で流暢になるってものすごいこと。
でもね、せめて聞き取れるようになりたい!!!
学校のなかで飛び交う英語は単語も限られているし、先生のアクセントにも慣れるし、ほとんど問題がなくなってはいたんです。
ところが一歩外に出るとお店ではなしかけられたりした時に一語も聞き取れないときがある!!
それって、、、 英語っすか?????!!!!
みたいな状態です。。。
やっぱここは、日本人、韓国人の変な英語、(ごめん、みんな!堪忍してちょ☆)や、先生の奇麗すぎる英語しか触れることのできない環境から逃れて、ネイティブイングリッシュスピーカーのみ!の世界に飛び込むべきですよね???
学校、という良くも悪くも、囲まれて、閉ざされた世界にいる中で、いろいろ思い悩んできたんです。
あたしはまだ3ヶ月しかカナダにいない新人ですから、大きな口叩くのも気が引けるのですが(笑) 私がカナダでしたかったことはこれなのか?? ということ。
学校はたしかにためになったし、素敵な出会いもたくさんありました。
あたしと生き方が全く違うひとたちに囲まれたことは苦しくもあったけれど、良い刺激もたくさん受けました。
ビジネスの知識もちょびっとだけ(?)増えた気がするし、ボキャブラリーは確実に増えたと思います。
でも。
いつも いつも なんか違う。。。って思ってきた。
フルタイムで学校に通うと、他に何もできなくなってしまう。
そりゃあ時間がないわけじゃないけどたまに宿題出たりもするからバイトもできない。
ダンスは削りたくなかったし。
あたしが本当にしたいことは。
地域のボランティア活動などを通して、教養があって日本人に慣れているカナディアン以外のひとたち(普通のひと、ってやつです。)と友達になること、たくさんお話すること。
実際、カナディアンじゃなくてもいいんだけどね。
メキシカンでもブラジリアンでもトルキッシュでもなんでも。
ネイティブスピーカーじゃなくてもいいってことだ!!つまるところ。
でも、学校、とかじゃなくてもっと枠のない世界で知り合いたい。
同年代だったら尚楽しいだろうけれど、おじいちゃんでもおばちゃんでもゲイのお兄さんでも何でもいい。
そのために、ある程度の英語力が必要なのはもちろんわかってます。
そんなにアホでも夢見がちでもない。
でも、例え辞書を丸暗記するような勉強してもSex and the city 見て、全部分かるのかな?ってことなんですよねー。。。
生きた英語にもっと触れたい。
そして、それはすぐに触れられるもののはずなのに、未だ触れられずにいる気がしています。
あとは、、、ひとところに留まらず、ふらりふらりと放浪すること。
あたし、旅行は実際そんなに好きじゃないんです。
三泊四日とかの旅で、あくせく観光するのとか、逆に嫌いなくらい。
ただ、見知らぬ土地で生活することに、何にも代え難い魅力を感じてしまうんです。
そして其処に段々と根を張ってゆく自分を実感するのが好き、とでもいいましょうか。
だから海外で暮らすとなると、いつも全力でその土地の色に染まろうとしてしまいます。
カナダは様々な国の文化、アイデンティティーが対立しすぎていて、同化することができなかった。どこに基準を合わせたらいいのやら、、、って感じで途方に暮れてしまった。
だから始めの一ヶ月つらかったのかな。
今は、その円と円が重なったところがカナダなんだ、って思えるし、その中で暮らすには自分のルーツがしっかり認識できて誇りを持っていないと負けちゃうってことも学べた。
あーーー、、なんかあたし英語以外にすっごい大きなこと勉強してるんじゃん!!!ね?!
で、話を戻します。。。
だから放浪っていってもpriorityが東を目指せ!!みたいなバックパッカーになる!とかじゃないんだよね(苦笑)
贅沢言ってしまえば街を見るというよりも、行った先々で、気持ちを分かち合えるひとを、一緒にいて居心地が良くてなんでも話したくなってしまう人を、見つけたい。
また、 何言ってんのこの子???って思われてしまいそうですね、(苦笑)
ふらふらしたいくせに信頼関係も築きたい、なんて矛盾もいいとこ!です。ってゆうか意味わかんないし。(笑)
でも、これは、今のこのあたしの気持ちは文章に起こすのは難しいいいい。
ただいま、カナダは夜中の2時。うしみつどき、ですね。
卒業。という節目をむかえたことも手伝って少し感傷的な気持ちになってしまいました。
ちょっと意味のわからない文章、そしていつもながらにちょっと偉そうですが、若さ故のモヤモヤ?ってやつです。
堪忍してください☆