(side N)







朝日の眩しい光と、チュンチュン、ピーピー、って賑やかな鳥のさえずりの声で目が覚めた。

そよそよとそよ風が顔に当たるのが目を閉じててもわかって、
あー、相葉さんもう起きて窓でも開けたのかな…なんて、まだウトウトしながら思ってた。





ゆうべは久し振りに生放送の音楽番組の大型特番に出させてもらって、俺たちの「本業」ってやつをやってきた。


やっぱり何度体験しても生放送って大変だし気もつかうし、ほかにもいろいろあったから、ね。
カラダもアタマもこころん中も、ちょっと疲れて帰ってきて。

なんとなくひとりになりたくなくて……
きっと相葉さんも同じだったから。

ふたりで相葉さんちに帰ってきて、一緒に寝たんだ。
ただただぎゅっと抱きしめあって……たくさんキスをして。

そう、こんなふうに。

目を閉じる俺の顔中にキスが落ちる。
ふふ。くすぐったいよ。
て、キス……ていうか、俺……舐められてる?
なに、朝から…激しいな。鼻息も荒いし、ちょっと……









ぱっ、て目を開けたら、目の前に犬の顔があった。




『うわあっ!』

て叫んで起き上がる。
叫んだはず、の俺の声は、「ワン!」て響いた。



ワン?



よく見れば、そこは見知った相葉さんちのベッドの上、ではなくて、
どこか知らない芝生の広場だった。

どうりで鳥の声が鮮明だったはず……なんて頭のどっかで思う。


慌てて周りをキョロキョロすれば、そばに小川があった。
駆け寄って覗いてみると、
そこに映ってたのは、まぎれもない柴犬だった。





『は?え?え?なになになにこれ』




くるくる回って全身を映してみる。
ピンとたった耳、くるんと巻いたしっぽ、どっからどう見てもうすちゃいろの柴犬が、川の中から首を傾げてこっちを見てる。



『なにこれ、どういうこと……』


途方に暮れてたら、チャッチャッチャッ、て爪の音を軽快に鳴らしてさっきの犬が近寄ってきた。
俺よりもずいぶんでかいそのラブラドール・レトリーバーは、ニコッと笑って
(いや、厳密に言えば笑ったような顔をして)

『どしたの?ニノ』

て言った。






『え?あ…あんた、もしかして…』

『なぁにい?変なニノ!』


ひゃはっ、て陽気に笑って、ぶんぶんとしっぽをふる犬は、犬だけど、どう見ても……




『あいば、さん?』

『だから、なあに?ニノ!それより、あそぼ!』




犬は……、相葉さんは、駆け出したくてうずうずしてる気持ちを抑えきれないまま、その場で足踏みした。


なんかよくわかんないけど……その仕草がなんだか、せっかちな相葉さんがうずうずしてるように見えて、
なんか、ね。納得しちゃったっていうかさ。

きっとこれは、夢だ。
俺は夢を見てるんだ。

なんで犬なのかはわからないけど……。だったらもう、これを楽しんでしまえばいいや。

そう、開き直って。


『わかったよ、あそぼ』

て言っちゃったよね。






それから俺たちはそれこそ子犬のように転がって遊んだ。
おいかけっこして走り回ったり、草や花の匂いを嗅いでみたり。
落ちてる小枝を引っ張り合ったり。
小川の水を飲んだり。


はじめは、仕方ないなあって気持ちだったのに、なんかだんだん楽しくなってきちゃって。

こどものころに戻ったみたいな気持ちでさ。




どのくらい走り回ってたんだろう。
俺はすっかり疲れて地べたにぺたっと伏せた。
芝生は意外とサラサラでふわふわで、少しチクチクする感じも気持ちが良くて。
疲れてて…。


俺はもう、眠くて眠くて……ぺたんと腹ばいになって、うとうとしてて。
これで、相葉さんと一緒に昼寝できたら最高だなって思ってさ。


なのに相葉さんは、立ったまま耳をピクピクさせた。
鼻をくんくんさせて、ヒゲを立てて。





『ねえ、ニノ、なんか聞こえない?』

『んー……?なに……?』

『風の音と……、あ!みて!凧!』





自然とくっついちゃうまぶたを頑張ってこじ開ければ、空に浮かぶカイトが見えた。
長い尾をひらひらとさせて飛ぶカイト。










『うわあ!凧だ!すごい!待て待て、どこへいくんだー!』

『ちょっと、相葉さん…!』




相葉さんは走り出した。
飛んでくカイトを追っかけて、夢中で走り出した。

俺のことなんか見向きもしないで。




俺はなんだか眠くて眠くて、体が動かない。
カイトの長い尾を追っかけて、相葉さんの後ろ姿が小さくなっていく。






相葉さん、行かないでよ。
俺をおいて行かないで。
ひとりになりたくないよ。
一緒じゃなきゃやだよ。
行かないで……!!







叫びたいのに、体も動かないし声も出なくて、
泣きたいのに、涙が出なくて、
もどかしくて……。

相葉さんが行っちゃう。呼ばなくちゃ、名前を……呼ばなくちゃ!

















「相葉さん!」

「なあに?」



のんきな、でもいつもの、俺の好きな少しハスキーな甘い声の相葉さんの返事に、目が覚めた。



「どうしたの?」

そう言って俺を覗き込むその顔は、紛れもなく相葉さんで…人間の、相葉さんだった。
慌てて手で自分の顔を触る。
ふわふわした毛も無ければ、立ったヒゲも湿った鼻も三角の耳もない、人間の俺で。
その手のひらにも肉球なんか無くて。




「ああ……やっぱ、夢か……」

ふうっ、て大きなため息が出た。





「なに?怖い夢でも見た?」


相葉さんの大きな手が俺の髪を撫でる。
肉球のない大きな手のひらは、まるで犬の舌でペロペロ舐めてくれるみたいにやさしく俺を撫でる。



しっとり汗に張り付いた前髪を分けて、軽くキスをくれた。

その仕草になんか…子犬の気分になって、
さっき見た不思議な夢の話をした。



突拍子もない夢の話に呆れて笑うかと思った相葉さんは、真剣な目に微笑みを浮かべて黙って聞いてくれた。





「そっか、ごめんね、ニノ。心細い思いさせて」


俺の勝手な夢の話なのに、そんなふうに言って相葉さんは俺の手をとった。




「たとえ夢の中でもさ、ニノを悲しませたくないんだよね。
ニノには笑っていてほしいんだ。

だから……。オレはどこにも行かないよ。大丈夫。

ほら。糸は繋がってる。
飛んでってもきっと、ここに帰ってくるから」




相葉さんの手が、俺の手をぎゅっと握りしめて……微笑んだ顔がすごく、優しくて。

とびっきり優しくて、だけど芯はとても強くて、
そんなコイツのことが、俺は……。





胸がギュッとなったから、握った手を胸に抱きかかえるみたいにして相葉さんに抱きついて、


「ばーか。飛んでくときは、俺も一緒だろ」


そう言って、今度は俺からキスをした。














(おしまい)