案外集中して興味深く論文なんかを読んだりしているうちに、ふと気がつくと智くんは、テーブルに突っ伏して眠っていた。
少し開いた口の端からよだれが垂れてスケッチブックを濡らしているのが、また、かわいい。
こんなとこで寝たら風邪引いちゃうよ、って起こそうとして、だけどこんなところで眠ってしまうなんてよっぽど疲れてるんだろうな、と思い直す。
毎朝早くから働いて、合間に新作を考えて。
そう思ったら起こすのがかわいそうで、俺は起こさないようにそっと智くんを抱き上げた。
小柄だけど筋肉質なからだは見た目よりもしっかりと重くて…だけど、こんな時のために鍛えた筋肉に鞭打ってソファーまで運ぶ。
大きめのソファーは、よくうたた寝したまま朝まで眠っちゃう、なんて言ってたっけ。
そっとおろして離れようとしたら、智くんがふにゃっと微笑んだ。
その顔を見ていたら…つい…
反射的に本能的に、キスしたくなって。
顔を、近づけた。
ああ、やばい、駄目だろ、自分…
もうあと数センチ、てとこまで近づけたそのとき。
智くんの目がパチっと開いた。
「…………!!」
声も出ず驚いて体を離す。
やばい、どうする?なんて言って言い訳する?
頑張れ俺の脳。答えをはじき出すんだ。
頭ん中をフル回転させて、でも何も言えない俺に智くんが…智くんが、
伸び上がって、キス、した。
人間って…ほんっとに驚いたときって何にも言えなくなるのな。
頭真っ白になって、固まって。
「あ……な……え?は?」
意味のある言葉なんか出てきやしない。
「したかったんだろ?キス」
「キ……、はぁ??ええ??」
「違う?したそうだったから」
「はぁぁ??」
触れてる時間は短かったけど、あれは紛れもない、キ、キス、で。
ていうかしたそうだった??はぁ??え?気づいてたの?いつから?なんで?つーかしたそうだったらすんの?はぁ??はあぁぁ??!!
「しょーくんの唇、きもちーな」
そんなこと言って笑う顔があんまりにもオトコマエで……。
あまりな出来事に、そのまま、ソファーの下にへたり込んでしまった。
そんな俺をみて、智くんはふふっ、て笑って。
「ねえ、おれたち…付き合っちゃう?」
って。
「はあぁぁぁ?!?!」
「声でけーよ、しょーくん」
「だって、な、なに言ってんの??はあ?え?」
「落ち着けよ、しょーくんらしくないじゃん」
「いや、だって…」
「しょーくん、おれのこと好きでしょ?」
「な、な、な、な……」
「ずっと待ってたけど全然言わねーから。もう待ちきれなくなっちゃった」
「いや、だって…そんな…」
「なんで言ってくれねーの?」
いつの間にか智くんはソファーから降りて、床に座る俺の目の前に座ってた。
俺の目を覗き込むみたいにして。
顔が、近い。
「…だって俺、男、だし…」
「うん、わかってる」
「男同士とか…無い、でしょ…」
「ないの?」
「………、」
「おれはしょーくん、好きだよ」
驚いて、知らず俯いてた顔を上げる。
智くんはふんわりと笑顔を浮かべてて。
ふざけてる、の?それとも、からかってる?
まさか……本気で?
どうとも取れるような表情で……
脳が完全にフリーズしたような俺を、智くんはふわっと抱きしめた。
「おれがしょーくんのこと好きで、しょーくんもおれを好きなら、いいじゃん。つきあお。」
ねっ、て言うから。
フリーズした俺の脳は、「うん……」って同意の言葉を導き出した。
こうやって俺の長い長い片想いは、終わったんだ。