「あー、焦ったーー。」
抱きしめられて、頭を撫でられて。
「店に入ったら、智くんに抱きしめられてんだもん。ホント、焦った……。」
はぁーー、って大きなため息を付きながら、オレを抱きしめる腕に力が入った。
「ごめんな、遅くなって……」
「ホントだよ、オレ……待ちくたびれてたよ」
文句言ってやる。
オレだって、びっくりしたんだから。
「でも、ほら、今日に間に合った」
時計を見れば、今日もあと数分。
「雅紀。開店記念日、おめでとう。」
抱きしめたまま、オレの耳に直接吹き込まれたお祝いの言葉。
「間に合って、よかったよ」
「ふふ、ありがと」
オレも、腕を翔ちゃんの背中に回して、抱きついた。
記念日を大事にする翔ちゃんだから。
忙しい仕事の合間を縫って来てくれた。
それだけで、嬉しいよ。
「翔ちゃん……」
「雅紀……」
見つめあって。
翔ちゃんの顔が、傾いて。
近づいてくるのを感じて、目を閉じる……。
と。
翔ちゃんのお腹から、盛大な音が聞こえて。
思わず目を開けた。
「ごめん……。今日、昼休憩返上で仕事してこっち駆けつけたから、腹減っちゃって……」
眉を下げて恥ずかしがっているのが、可愛くて。
オレはお腹のそこから笑った。
「わかった、ご飯、作るね」
笑いながら、翔ちゃんから離れると、手を洗った。
明日は休日。
久しぶりにゆっくりできる。
距離なんて……
近くにいなくたって、きっとオレたちは、繋がってる。
だって、翔ちゃんはちゃんと、約束通り来てくれただろ?
顔を見たら、ううん、声を聞いただけでも、
愛しさが溢れだしちゃうんだ。
カウンターで、ちょっと悔しそうにしてご飯を待っている翔ちゃんを見ながら、
この休日、どうやって過ごそうかな、って嬉しく思ったんだ。
いままでも、これからも、ずっと。
ふたりでいられるように。
この風景を、ずっと見られるように。
こころで、祈った。
おしまい。