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ふう。

箒を片付けて。
ふと、時計を見る。
22時。もうすぐ、今日も終わる。
あと2時間……。






入口に背を向けて、時計を見ていたオレの背中に、カランコロン、とドアベルの音が響いた。


ぱっ、と慌てて振り向く。






「あ、相葉ちゃん……。まだ、いける?」

「おーちゃん……。」

「なんだよ、あからさまにガッカリした顔して」

「そんなことないよ」



笑いながらカウンターに座るおーちゃんに、苦笑する。





「もう閉店時間なんだけどなー」

「だって、今まで仕事してて、飯食うの忘れてたんだもん。食わしてよー。」

「もう……」




おーちゃんは、大野智さんは、いつもこんな調子だ。




有名な芸術系の学校を出て、絵も、造形もする人気の芸術家として知られているおーちゃんは、この街にあるアトリエ兼住居に住んでいる。
 


自然と、街の間に位置して、両方の良さがあるこの街を、とっても気に入ったから、っていうのがひとつ。

それと、彼の従兄弟の家があって、度々遊びに来てはご飯をご馳走になっていたって理由がひとつ。


いまは、オレの店にこうやって、度々食べに来てくれるんだ。


まあ、作品作りに夢中になって、時間を忘れちゃって、こうやって閉店間際にやって来ることも多いんだけどね。


最近は、それも見越して厨房の片付けは最後にすることにしてるんだ。





「今日のおすすめはなにー?」

「今日はねぇ、田中のおじいちゃんが金目鯛をいっぱい持ってきてくれたから、煮付けとあら汁にしたよ!」

「えっ!いいねえ!」





言いながら、鍋を火にかける。
味が濃くなり過ぎないように別にしておいた金目鯛を、煮汁に入れて温めて。

その間に、小松菜をさっと茹でて、水気を切って。
だし汁に塩を溶かして小松菜をなじませて。
大根おろしを加えてすだちを絞った、すだちおろし和え。

あら汁と、炊きたて…とは言わないけど、ほかほかの白いご飯を添える。


トレーに並べてカウンター越しに手渡す。




「おーっ、美味そう!」

目を細めて嬉しそうに言うと、すぐさま食べ始めた。