次の日。お別れ式当日。
在校生が、歌やお芝居、いろんな形で俺達卒業生を祝ってくれる。卒業生の出し物も多い。
だけど、やっぱり今年の俺の注目はピアノ演奏。
雅紀、もう用意してんのかな…。
鼻歌交じりに廊下を歩いていると。
向かいから、二宮が歩いてきた。胸に、出演者の名札をつけている。
「二宮、お前も何か出るの?」
「……はぁ?アンタ、なんでここにいんのよ。」
「何でって…」
「アンタ、昨日あの人から聞いたんじゃないの?」
「え?何を?」
俺のキョトン顔が癪に障ったのか、二宮は、チッ、と舌打ちして、宙を睨んだ。
「アイツ…何も言わずに…何やってんだよ…」
そして、俺を苦々しげに睨みながら続けた。
「翔さん?今日、アイツは出ないよ。
ていうか、もうここには居ない。
相葉さんは…今日、この街を去るんだ。」
「……は?え、何?
だって…そんな事一言も…
あ、だって!ピアノは?!今日、ピアノ弾くって!」
「はぁ…。
アイツ…ホントに何も言わずに行ったんだな。
元々相葉さんは、卒業したらこの街を離れるっていうのは決まってたんだよ。
それが、今日立たないといけなくなって。
アンタにも話すって約束させたのに…何も言わないで…」
二宮の話す言葉が、頭に入っていかない。
え?雅紀が?
………居ない?
雅紀が、居ない。その単語だけが急に、頭に飛び込んできた。
「二宮…。雅紀は…?雅紀は、どうして…」
「チッ。
相葉さんは、直前までここでピアノ、弾くつもりだったよ。
去年の、お別れ式の時、相葉さんは言ったんだ。
『オレ、来年のお別れ式で、別れの曲、弾く!』って。
何でも?憧れのサクライくんが?『別れの曲好きだ』って言ったらしくて?
『別れの曲、櫻井くんのために弾くんだ』なんて、
嬉しそうに言ってたよ。
今日、行かなきゃいけないって決まった時、それを言えって説得したのに…アイツ…。」
え?俺の…ために?
そう言えば去年のお別れ式で誰かが弾いた別れの曲を、これ、好きだって言った、ような…。
そんな些細な一言を聞いて、覚えてくれていたのか…。
「クソッ、こんな話、アンタにしたくなんかなかったんだからな!
俺は、アイツの代わりにピアノを弾くって約束したんだ。だから、行けない。
翔さん。
今、行けば…駅に居るかもしれない。」
「二宮…」
「早く行けよっ!間に合わなくなるだろ!」
苦しそうに、叫ぶ二宮にうなづいて、俺は、そのまま学校を走り出た。
早く、早く、早く。
頼むから、間に合ってくれ。
俺はアイツに、まだ何にも伝えていないんだ。
アイツに…雅紀に、この想いを…!!
飛び込んだ駅のホームに、列車はとまっていた。
単線の我が街の駅は小さな駅で、二両編成ほどの小さな列車が、出発を待っている。
早咲きの桜の花びらが屋根に降り積もる列車に乗り込む背中が、遠くに見えた。
「雅紀ーーーっっ!!」
俺は、声の限りに叫んだ。
はっと驚いて振り向く顔の目の前で、ドアが閉まる。
発車を告げる、車掌さんの笛の音。
列車が、滑るようにホームを走り出した。
ドアの向こうの口唇が、なにかを紡いだ。
「雅紀っ!雅紀ーーーーっ!!」
叫ぶ俺の声も、舞い散る桜の花びらに吸い込まれていく。
はらはらと…
花びらと共に、俺の頬に、涙が溢れてくる。
春一番が耳元を吹き抜けていく。
屋根一面に薄紅色を乗せた列車が去っていくのを、俺は、あふれる涙とともにただ、見送っていた。