「ところでさ、ずいぶん上手くなったよな、ピアノ。初めて見た時は、どうなることかと思ったけどな。」

「やめてよ翔ちゃん、そりゃそうだよー、オレ、ピアノなんて初めてなんだから!」

「アハハ、そっか。でもよく練習したよな。そもそも…なんでピアノなんて?」

「うん…。」

雅紀は、そういったまま遠い目をした。


「あの曲…あれだろ、ショパンの、別れの曲。
なんか…お別れする予定でもあんの?」

初心者なのにあんなに繰り返し繰り返し練習して…きっとなにか強い理由があるに違いない、と思った。

「…翔ちゃん、誰にも言わないでいてくれる?」

「…もちろん。」


ピアノを練習してる事だって、誰にも内緒と言われて、俺は潤にすら言っていないんだ。

「実はさ…」

真剣な雅紀の表情に、俺まで真剣な顔になった。






俺達の学校では、卒業式の前に全校生徒での『お別れ式』がある。
そこで、在校生から言葉をもらったり、こちらから送ったり、するんだけどさ。
そこで弾くピアノ演奏に、立候補したいらしい。


「チャラいとか、テキトーとか思われているオレが、サラッとピアノなんか弾いたら、カッコイイだろ?」


そんなことを言って、ニヤッと笑った。


「何だよ、モテてーだけかよ!」

「アハッ、あったり前じゃん!」



肩をぶつけ合いながら笑っていた俺は、その時の雅紀の一瞬の切ない表情にも、俺の胸の中のほんの僅かな痛みにも、全然気づいていなかったんだ。