その日は、初めて楽屋を一緒に出た。
帰る、って時に翔さんが、「じゃ、帰ろ?」って俺を呼んだから。
みんな普通に、「おつかれー」って、「またねー」って言ってくれて。
もっとなんか、茶化されたりすんのかなって思ってたのに、全然そんなことなくて、拍子抜けした。
それを言ったら、「そりゃそうだろ」って翔さんは笑った。
「中学生でもないんだからさ。そんな事いちいち言わないだろ」
「でもさ……」
「考えすぎ」
ふふ、って笑う翔さんの横顔が、ああ、すごく……。
すごく、好きだ。
帰りにメシでも食ってから帰ろうなんて言ってたけど、
なんか……
翔さんの送迎車の後ろに二人並んで座った。
帰り際に店に連絡取ってくれて、そこまで送ってもらう事になってて。
スムーズに流れる車列。
この街は、いつの時間も車の量は多い。
テールランプが作る赤い波をぼんやりと眺めていたら、急な追い越しに車がキュッとブレーキを踏んだ。
ぐん、と体が前に倒れるのを、咄嗟に翔さんに肩を掴まれる。
運転していたマネージャーが慌てて振り返った。
「すみません、大丈夫ですか??」
「うん、こっちは大丈夫」
びっくりしたのと、急に肩を抱かれるような形になってドキドキして…翔さんはそのまま、肩から腕を撫でるように手を下ろして、シートについていた俺の手を握った。
ぱっと顔を見たら、ニヤッと笑った。
シートについたままの手は、きっと運転席からも死角になっているはず。
見られたからって何か言うようなマネージャーじゃないけど…。
なんか、悔しくなって、交差点を曲がる揺れを利用して、ぎゅっと翔さんの側に寄りかかった。
今度は翔さんがギョッとこっちを見る番で…俺はそれを、上目遣いにくふふっと笑った。
すぐ身体を起こして座って、握ったままの手をギュッとしたら、
「あー、ごめん、やっぱメシ、いいわ。このままうちに向かってくれる?」
って運転席に言う翔さんに、俺も目で頷いた。
玄関のドアが閉まったのが早かったのか、
唇を奪われたのが早かったのか。
翔さんが奪ったのか俺が奪ったのかも、わからない。
きっと、おんなじ気持ちで。
駐車場で車を降りて、部屋まで辿り着くのももどかしい気持ちだった。
あんまり飲みすぎないでくださいよーって念を押して帰って行くマネージャーに手を振って、
そこまでは、冷静なふりをして。
どちらからともなく早歩きで翔さんちを目指した。
部屋に入った途端、
キスを覚えたてのガキみたいに、
ガツンと歯を鳴らして唇を貪り合う。
呼吸するタイミングすら忘れて、全部を吸い尽くすように……。
ドサッ、て持っていた荷物が床に落ちた音が、遠くに聞こえた。
あとは…お互いの息遣いに、絡み合う舌が奏でる水音。
それだけが、静かな玄関に響く。
自動で付く玄関のライトが、まるでスポットライトみたいに俺たちを照らしてた。
もう、待ちきれなくて。
二人の時間が久しぶりすぎて、
俺も、翔さんも……、気づかないうちに限界、だったみたい。
限界ギリギリまで膨れ上がった想いが、まるで表面張力で保ってたみたいにバランスをとっていたのに、
もう、いいかなって思ったら、ほろぽろとこぼれて溢れた。
そのまま、玄関で……、なんて若さはもう無くて。
唇が離れて目が合ったら、なんだか照れて笑いあった。
「……風呂、入る?」
「……ん。」
うなづいて、でも、離れたくなくて。
そのまま、翔さんの胸にしがみついてたら、
ふふっ、て笑って。
「ま、いっか。風呂なんて」
って、抱きかかえられた。
「え、ちょ、待っ…」
慌てる俺を気にするそぶりも見せず、寝室まで運ばれる。
力強くぐっと抱えられて、いわゆるお姫様抱っこの形になって、
ビックリした俺は翔さんの首にしがみついた。
喉の奥で笑うように鼻歌を歌う翔さんの喉仏に、かぷっと噛み付く。
「うわっ、何すんだよ、落としたらどうすんだよ!」
慌てる翔さんを見て、くふふって笑った。
翔さんも俺をみて笑って、寝室のドアを開けた。
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