タクシーを降りてフラフラと、自宅へと向かう。
あのまま、山口くんの家にいる訳にはいかなくて……。
山口くんは、なんにも聞かず、怒ることもなく、
ただ、切なく笑って俺を見送ってくれた。
それで……余計に泣けた。
ここしばらく、全く出なかった涙が、びっくりするくらい溢れ出て、止まらなかった。
タクシーの運転士さんに不審がられながら、流れる涙を止めることも出来ず、帰ってきたんだ。
山口くんへの、申し訳ない気持ちと……改めて自覚した、自分の想いに、ただただ、涙が止まらなかった。
最後、扉が閉まる瞬間に見た山口くんの顔が…忘れられない……。
それでも……
どうしても、あのまま、身を任せることが、どうしてもできなかった。
俺……サイテーだ。
あんなに優しくしてくれた山口くんを、裏切った。
考えれば考えるほど、涙が止まらなくて。
前もよく見えないまま、ふらふらと歩く。
やっぱり、無理なんだよ……。
俺が求めるのは……俺が、体だけじゃない、心が欲するのは……。
家にやっとの思いでたどり着く。
ドアを開けて、そのまま玄関にへたりこんだ。
ごめん、ごめんね、山口くん……。
せっかくくれた温もりを手放して、俺は……
これからまたひとりになるのかな……。
そのまま、玄関から動けないまま、泣いた。
泣いて、泣いて、ぼたぼたと涙が床に水たまりを作るのを眺めてた。
もう嫌だ……もう無理だよ……
四つん這いになっていた膝が痛くて、うつ伏せに倒れ込む。
水たまりが顔について、冷たいな、やだなって思う自分。
もうどうでもいいやって思う自分。
スマホが、鳴るのが遠くで聞こえた。
あ、上着のポケット。
上着も着たままだった。
しばらくほっといたけど、何度も、何度も、鳴る。
山口くんかな……
俺、怒られんのかな。
あの優しい人に嫌われるのは、嫌だ……。
ノロノロと手を伸ばしてスマホを探る。
画面に映った名前は、相葉さんだった。
「はい……」
「あ!出た!」
出た!ってなんだよ、お化けじゃないんだからさ……。
「ニノ、今どこにいる?家?」
「ん……」
「今から行くから、今から行くからね!絶対開けてよ!わかった?わかったね?」
言うだけ言って、慌てて電話は切れた。
電話を切って…ぱたん、とスマホを持ったままの手を落とす。
ひとりの部屋の、しん、とした静けさが、余計に染み渡るような気がした。
床は冷たいし、身体は痛い。
だけど、そんなことも自分への罰のように思えた。
しばらく、目を閉じてその状況に身を任せていた。
ピンポーン
ピンポーン
ピンポーン
チャイムが鳴る。
定期的にずっと鳴る。
延々と鳴る。
目を閉じて聞いていたけど、仕方なく体を起こす。
相葉さんめ。
一方的に電話してきて、一方的に押しかけて、
何考えてんだよ……。
説教してやらないと。
アンタには関係ないんだから、はやく潤くんとこ帰りなって言ってやらなきゃ。
モニターも見ずにロックを解除する。
もっかい玄関まで戻る。
ここで追い返してやろう。
しばらく経って、またチャイムが鳴って、すぐにドアを開けた。
ちょっと相葉さん、何しに来たの、
言おうとした文句は静かな外の空気に消えた。
ドアを開けて見えた顔は、相葉さんじゃなくて。
「ニノ、ここで会うのは、久しぶり」
翔さんだった。