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個人の仕事が終わって。


楽屋で、速攻支度を終えて、さあ、帰ろうという時だった。



コンコン、とノックの音。



ドアを開けて入ってきたのは……
あの子。例の雑誌の、女優さんだった。



「あ……なんで……」

「ふふ、こんにちは。初めまして」


くすり、と微笑む。


あの雑誌のおかげで、なんとなく俺たちとは共演NGみたいな感じになってたから、
ちゃんと会うのは初めてだった。


「そんな顔、しないで下さいよ、二宮さん。ちょっとご挨拶に来ただけなのに」



そんな顔って、どんなだよ……と思いながら、俺は彼女を見つめた。




くすくす、と彼女は笑う。


「……なんすか」

「ふふ、口、とんがってる。そんなにわたしが嫌い?」

「別に……」

思わず口を手のひらで覆って、目を逸らす。


「そんなに嫌わないで欲しいわ。だって……、これから、長いお付き合いになるんだし」

「え……」

「わたしの、旦那様のお仕事仲間、でしょ?」




ガツンと、頭を殴られたような。
心臓を、一突きにされたような。

目の前が、チカチカする。



彼女の、グロスを塗ったツヤツヤの唇が、動くのだけが目に映る。



「お義父様にもお義母さまにも良くしていただいて、順調にお話は進んでるのよ。
もうじき、いいお知らせができると思って。
先に、ご挨拶しようと思ったの。
特に、二宮さんには、ね。」


ツヤツヤしたピンクの唇が、ニヤリと口角を上げる。



表情を変えないように立っているのがやっとだった。



「あら……、怖い顔。どうして?
お友達のお祝い事だっていうのに」


くすくす笑う彼女が、俺のすぐ前に近寄ってきた。
甘い香り。
さらりと長い髪が揺れる。


綺麗にネイルが塗られた指先が、俺の頬に触れそうになって、思わず払い除ける。



「あら、二宮さんは……」


そこまで言って、一度区切って。

耳元に、囁いた。


「男の人じゃないとダメなのかしら?」




「ふっ、ざけんな!」

「こわーい。ふふふ、冗談よ、冗談。
また改めて、お話があると思うわ。
グループの結婚、第1号ですもの。盛大にお祝いしてくれるわよね?
それじゃ、また近いうちに。」



長い髪が、ひらりとなびいて、
甘い、甘い香りだけ残して、楽屋の扉が閉まった。


やっとの思いで立っていたけど……。



息苦しくて、その場に崩れ落ちた。